「採用コストの一人当たり平均はいくらなのか」「中小企業だとどれくらいが妥当なのか」──採用の予算を組むとき、多くの担当者がまずこの数字を探します。中途の平均、新卒の平均、業界別の内訳。調べれば数字自体はいくらでも出てきます。
ですが、リクプル編集部が中小企業の採用を支援してきて確信しているのは、他社の一人当たり平均をいくら集めても、自社がいくらまでかけていいかは決まらないということです。むしろ平均を基準にした瞬間、身の丈に合わない条件を出して疲弊するか、逆に妥当な投資を「高い」と誤判定して機会を逃すかのどちらかになります。
この記事では、採用コストの一人当たり額を「他社平均との比較」ではなく「自社の売上密度」から自分で出すやり方を書きます。中小企業ほど効く考え方です。
まず内訳を分解する:一人当たり採用コストは3層でできている
基準を作る前に、そもそも何を数えているのかを揃えます。一人当たり採用コストは、ざっくり次の3層に分かれます。
- 外部コスト:求人広告費、人材紹介の手数料、採用サイトやLPの制作費、媒体運用の委託費
- 内部コスト:面接・選考にかかる社員の時間、面接官の人件費、応募対応の工数
- 入社後コスト:入社時の研修、備品、早期離職が起きた場合の再募集費用
「採用コスト 一人当たり 内訳」で検索して出てくる数字の多くは1の外部コストだけを指しています。ここで注意したいのは、層をまたいだ比較は成立しないということ。人材紹介は手数料が一般に理論年収の30〜35%が相場とされ、年収400万円なら1人120〜140万円になりますが、そのぶん母集団形成と一次スクリーニングは代行されるので内部コストは軽くなります。一方、求人広告は外部コストが下がるかわりに、応募対応と選考の内部コストが自社に乗ります。
つまり「一人当たり◯万円」という数字は、どこまでを数えたかで倍以上ぶれる。他社平均が使いづらい第一の理由がこれです。まずは自社で3層のうちどこを数えるのかを決めてください(外部コストだけの計算方法は採用単価の計算方法で詳しく書いています)。
平均を基準にすると起きる、中小企業特有の事故
内訳を揃えたうえで、なお他社平均を基準にすることを勧めない理由が2つあります。
1つは職種で必要額がまったく違うこと。厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年4月分)」では全職種平均の有効求人倍率が1.18倍ですが、建築・土木・測量技術者は約6倍と、平均の5倍の売り手市場です(出典:厚生労働省 一般職業紹介状況(令和8年4月分)。倍率は毎月変動するため引用時は最新値をご確認ください)。倍率6倍の職種と1倍前後の職種を「自社の平均採用コスト」で一括管理すれば、前者は必ず足りず、後者は必ず余ります。
もう1つが、この記事の本題です。他社が出している好条件は、採用が上手いからではなく、その条件を出せる事業構造が先にあるから出せているという点。ここを取り違えて条件だけを模倣すると、中小企業ほど深刻な事故になります。
採用力は「原因」ではなく「結果」──売上密度と固定費の希薄化
ある業種で、競合が「週休3日」「夜勤の月収保証」「決算賞与」といった強い条件を出しているケースを分析したことがあります。上場企業だったため決算説明資料から原資を逆算できたのですが、そこで見えたのは採用ノウハウの差ではなく、事業構造の差でした。
- 売上密度が高い:1拠点あたりの年商が突出して大きく、そもそも人件費に張れる原資が違う
- 固定費が希薄化している:既存拠点の売上が伸びると、家賃・水道光熱費・広告費・減価償却費の「売上に対する比率」が一斉に下がる。同じ利益率でも、伸びている会社ほど処遇に回せる余白が生まれる
- 人件費を変動費化している:賞与を業績連動の決算賞与にしているため、攻めた処遇が固定費リスクになりにくい
つまり好条件は事業構造の従属変数です。同じ条件を売上密度の違う会社が真似れば、人件費率が損益を圧迫して続きません。採用コストも同じで、他社が一人当たり100万円かけられるのは、その100万円を回収できる一人当たりの粗利があるからです。
※これは1社の決算分析から導いた仮説であり、すべての業種で同じ連鎖が再現するかは検証中です。ただ、支援の現場では「条件で殴り合おうとして体力負けする」パターンは業種を問わず繰り返し見てきました。
自社の上限額を出す:一人当たり粗利から逆算する3ステップ
では自社の基準をどう作るか。難しい財務分析は要りません。次の3ステップで出せます。
- その職種の「一人当たり年間粗利」を出す:部門の粗利益 ÷ その部門の人数。営業なら一人当たりの粗利額、店舗なら1店の粗利 ÷ 店舗人員でかまいません。ここが自社の売上密度です
- 回収期間を決める:採用コストを何ヶ月分の粗利で回収するか。支援の現場では、定着率が読める職種で1〜3ヶ月分、離職率が高めの職種は1ヶ月分以内に置く感覚が多い印象です
- 1×2 を上限額とする:一人当たり年間粗利600万円(月50万円)で回収2ヶ月なら、一人当たり採用コストの上限は100万円。ここが「他社平均」に代わる自社の物差しです
この数字が出ると、判断がぶれなくなります。一人当たり50万円の採用単価は、上限100万円の会社にとっては成功で、上限30万円の会社にとっては赤字です。同じ金額が会社によって成功にも失敗にもなる──だから他社平均は基準になり得ないのです。
そのうえで広告予算の総額は、この上限額と採用枠の掛け算で決めます(採用枠から逆算する方法は採用単価の相場もあわせてご覧ください)。
上限が低いとわかったら、条件以外の土俵で戦う
計算した結果、上限額が想像より低かった場合。そこで「うちは採用できない」と結論づける必要はありません。やることは条件以外の土俵に持ち込むことです。
支援の現場で効いているのは次の3つです。
- 手法のコスト構造を変える:人材紹介が中心なら、広告運用に切り替えるだけで一人当たりの外部コストが数分の一になる職種があります。逆に、有資格者など母集団が薄い職種では広告に投じ続けるより紹介のほうが安く済むこともあります
- 原稿の具体性で母集団の質を上げる:同じ予算でも、入社後の一日・現場の実態・手当の実額まで書き切った原稿は応募後の決定率が変わります。決定率が上がれば、応募単価が同じでも一人当たり採用コストは下がります
- 売上密度そのものを見直す:遠回りに見えますが本質的です。一人当たり粗利が上がれば、出せる条件も採用にかけられる額も自動的に上がります。採用が苦しい状態は、しばしば事業構造からのシグナルです
まとめ
- 一人当たり採用コストは外部・内部・入社後の3層でできており、どこまで数えたかで倍以上ぶれる。他社平均との比較はそもそも成立しにくい
- 職種によって必要額は大きく違う。全職種平均1.18倍に対し建築・土木・測量技術者は約6倍(令和8年4月・厚労省)というように、市場の売り手度合いがコストを規定する
- 他社の好条件は採用が上手いからではなく、売上密度と固定費の希薄化という事業構造が先にあるから出せている。条件だけの模倣は続かない
- 自社の上限額は「その職種の一人当たり年間粗利 × 回収期間」で出す。同じ50万円が、ある会社には成功で別の会社には赤字になる
- 上限が低ければ、手法のコスト構造・原稿の具体性・売上密度そのものという条件以外の土俵で戦う
採用コストの一人当たり平均を調べる時間を、自社の一人当たり粗利を出す時間に振り替えてみてください。他社の数字より、その1つの数字のほうが予算判断をはるかに速く、確実にしてくれます。