整備士の募集条件を決めるとき、近隣の整備工場やディーラーの求人を何件か開いて月給を見比べる——この進め方が一般的だと思います。同じ業態なら仕事の中身も条件も近いはずだ、という前提です。
リクプル編集部(株式会社KD3)は2026年9月6日に、自動車整備士の正社員求人4,536件を全国47都道府県で実査しました。業態ごとに月給を並べたところ、いちばん高い求人は整備工場でもディーラーでもなく、運送会社・バス会社・タクシー会社が自社の車両を整備するために出している求人でした。しかもこれは、地域を揃えても資格要件を揃えても最上位に残った唯一の業態です。
この記事では、採用側から見たときに「誰と条件を比べるべきか」を実査データで組み直します。数字はすべて公的職業紹介に出ている正社員求人の月給下限の中央値で、データは「求人相場ウォッチ(自動車整備士)」で全件公開しています。
実査4,536件:月給が最上位の求人は、自動車業界の外から出ている
実査した4,536件を業態で分けた中央値はこうなりました。
- 運送・バス・タクシー会社の自社整備——563件・22.4万円(95%信頼区間22.0〜23.0万円)
- カー用品店ほか——47件・22.1万円(件数が少なく参考値)
- ガソリンスタンド運営会社の整備部門——115件・21.5万円
- 整備工場・車検専門店——2,376件・21.0万円
- 中古車販売店——635件・21.0万円
- 自動車販売店・ディーラー——687件・20.6万円
件数で見れば、市場の過半は整備工場・車検専門店(2,376件)です。ところが月給の水準では、その整備工場より1.4万円高いところに、自動車の販売にも整備にも本業を持っていない会社が563件ぶん並んでいます。運送・バス・タクシー会社の自社整備部門です。
これは求人の構成が偏っているせいではありませんでした。5つの地域ブロックすべてで最上位(または同額)、3つの資格段階すべてで最上位、さらに二級以上を必須にする求人だけに絞ると25.0万円となり、同じ条件の整備工場23.6万円を上回ります。条件を揃えるほど順位が安定するタイプの差です。
採用側の言い方に直すと、こうなります。整備工場やディーラーが「近隣の同業3社」を見て月給を決めているあいだ、応募者の側には、自動車業界の外から出ている1.4万円高い求人も同時に見えている。
ディーラーは最下位。しかも二級を必須にするほど差は逆を向く
もう1つ、採用側の前提を崩す結果が出ました。自動車販売店・ディーラーの20.6万円は、実査した業態のなかで最下位です。「ディーラーは給与水準が高い」という前提を置いたまま自社の条件を決めると、比較の起点そのものがずれます。
しかもこの差は、資格要件を厳しくするほど広がる向きに出ました。二級以上を必須にする求人で比べると、ディーラー21.8万円に対し、整備工場・車検専門店23.6万円。件数の足りる4ブロックすべてで同じ向きです。逆に資格不問の求人では、どちらも20.0万円前後で差が消えます。
整備士資格の等級そのものは、月給下限をはっきり動かしていました。二級以上が必須の890件は23.0万円(22.6〜23.2万円)、資格不問・歓迎の2,745件は20.2万円(20.0〜20.5万円)で信頼区間が重なりません。経験要件を揃えても向きは変わらず、経験不問どうしで22.0万円対20.0万円です。つまり「二級以上を必須にする」と決めた時点で、自社は2.8万円高い土俵に移動しているということになります。その土俵の顔ぶれは、資格不問で募集していたときとは違います。
同じ月給欄の読み方については、以前に整備士の採用が難しいのは、月給欄で「盛れない」職種だからで書きました。整備士の基本給は提示額の中央値100.0%(4,536件中2,306件が1円単位で同額)で、看護師86%・保育士87%・介護職80%のように手当を積んで月給を大きく見せる余地がほとんどありません。月給欄で差をつけにくい職種だからこそ、比較相手を間違えたときの影響が直に出ます。
「近隣の整備工場3社」を見て決めると、土俵がずれる
ここまでの結果を、募集の実務に折り返します。整備士の採用で競合を取り直すときに確認したいのは次の3点です。
1つめは、業態ではなく通勤圏で切ることです。運送・バス・タクシー会社の自社整備部門は、全国で563件(12.4%)。多くの商圏に何件かは存在します。求職者は「整備工場の求人」と「運送会社の整備職の求人」を、同じ検索結果のなかで並べて見ています。業態で区切っているのは採用側だけ、という状態が起こりえます。
2つめは、自社の資格要件と同じ層で比べることです。二級以上必須の求人を出すなら、比較相手は「近隣の整備工場の求人」ではなく「近隣の、二級以上必須で出ている求人」です。同じ業態でも資格要件が違えば2.8万円ずれます。ここを揃えずに月給だけ見比べると、自社が高いのか低いのかが判定できません。
3つめは、月給の上限ではなく下限で並べることです。求人票の「月給25万円〜40万円」の40万円は、資格・経験・役職がすべて揃った人の額です。応募を左右するのは下限のほうで、実査もすべて下限で集計しています。給与の下限が母集団の形を決める構造は、職種は違いますがドライバー採用は年間休日より「給与下限」で決まるでも同じ形で出ています。
休みを削って月給に回す設計は、市場では逆を向いている
条件設計でよくあるのが、「年間休日を少なめにして、そのぶん月給を上げる」という組み方です。実査の結果は、この前提を支持しませんでした。
- 年間休日120日以上——655件・21.6万円
- 年間休日105〜119日——2,404件・21.4万円
- 年間休日105日未満——1,477件・20.2万円
休日が少ない求人ほど、月給も低く出ています。この向きは5つの地域ブロックすべてで同じで、整備工場・ディーラー・中古車販売店のどの業態で見ても変わりませんでした。休みの少なさが月給で埋め合わされている、という関係は求人票の上には存在していません。
採用側から見ると、これは不利な話ばかりではありません。年間休日105日未満の求人が1,477件(32.6%)ある市場で、休日と月給の両方が下位にある求人がまとまって存在しているということです。自社の年間休日が110日以上あるなら、それは月給で競り合わずに使える差です。逆に105日未満で募集する場合、月給を上げても「休日が少ないぶん高い求人」には見えず、市場のなかでは同じ帯の下側に並ぶことになります。
なお地域差は、この職種では手当ではなく基本給そのものの差でした(首都圏24.0万円〜北海道東北20.0万円)。地域をまたいだ月給の比較には、ほとんど意味がありません。
募集条件を組み直すときの順番
実査データと支援の現場から見て、整備士の募集条件は次の順で決めると土俵がずれにくくなります。
- ①通勤圏に出ている求人を業態で絞らずに全部出す——整備工場・ディーラー・中古車販売店に加えて、運送会社・バス会社・タクシー会社の整備職、ガソリンスタンド運営会社の整備部門まで含めます
- ②自社が出す資格要件と同じ層だけを残す——二級以上必須で出すなら、比較相手も二級以上必須の求人だけにします
- ③残った求人の月給「下限」を並べて、自社の位置を見る
- ④固定残業代の有無で分けて読む——実査では固定残業代の記載がある532件(11.7%)が24.4万円、記載のない4,004件が20.6万円でしたが、内訳の基本給で並べ直すとどちらも20.0万円で差が消えます。見かけの3.8万円はまるごと残業代の先出しです
- ⑤月給で並べたあとに、年間休日・資格取得の費用負担・工具の貸与・認証工場か指定工場か・扱う車種の幅を並べる
④は自社の書き方にもそのまま返ってきます。固定残業代を入れて月給を高く見せている求人は全体の1割強しかなく、その532件のうち提示額と基本給が同額の求人は1件もありませんでした(想定時間数の中央値は20時間、134件が30時間以上、最長は78時間分)。整備士の市場では、月給欄の数字はほぼそのまま基本給として読まれます。内訳を書いていない求人のほうが、かえって身構えられる可能性があります。
まとめ
- 実査4,536件で月給が最上位だったのは運送・バス・タクシー会社の自社整備563件・22.4万円。整備工場21.0万円、ディーラー20.6万円を上回り、地域を揃えても資格要件を揃えても最上位に残った唯一の業態です
- 自動車販売店・ディーラーは20.6万円で最下位。しかも二級以上必須の求人ではディーラー21.8万円に対し整備工場23.6万円で、資格を厳しくするほど差は逆を向きます
- 資格要件は月給下限を2.8万円動かします(二級以上必須23.0万円/資格不問・歓迎20.2万円)。要件を決めた時点で、比較すべき土俵が変わります
- 休みを削って月給に回す設計は、市場では逆。年間休日105日未満の求人は20.2万円で、120日以上の21.6万円を下回ります。年間休日110日以上は、月給で競り合わずに使える差になります
- 競合の取り直しは①業態で絞らず通勤圏で出す②自社と同じ資格要件だけ残す③月給の下限で並べる④固定残業代の有無で分ける⑤月給以外の条件を並べるの順で組みます
整備士の採用がうまくいかないとき、原因が「近隣の整備工場より月給が低いこと」だと診断されているケースは少なくありません。実査で見るかぎり、比べている相手のほうが先にずれています。実査データは「求人相場ウォッチ(自動車整備士)」で全件公開しているので、自社の通勤圏に出ている求人と突き合わせる土俵合わせにお使いください。