「整備士 採用 難しい」で検索すると、有資格者の総数が増えていないこと、若年層の車離れ、専門学校の入学者減——といった説明が並びます。どれも事実ですが、採用担当者が明日から動かせる変数ではありません。
そこで今回は、株式会社KD3が実施した求人相場ウォッチの実査データから、別の角度で理由を1つ挙げます。整備士の求人票は、月給欄で「盛れない」。他職種で当たり前に使われている「手当を月給に積んで見栄えを整える」という手が、この職種ではほとんど機能しません。求人を出す側から見ると、これは想像以上に効いてきます。
データは、全国38都道府県の整備士求人130件(正社員・重複排除後、2026年7月実査)です。実数と限界の開示は「自動車整備士の求人相場ウォッチ」に全文を載せています。
整備士の月給欄は、基本給がほぼそのまま見えている
まず実査で最も驚いた数字から。整備士の求人票では、月給の提示額と基本給がほとんど同じでした。
提示額と内訳の両方が読めた78件で比べると、提示額の中央値21.5万円に対し、その内訳にある基本給は20.0万円。基本給は提示額の中央値97%で、69件は提示額と基本給の差の中央値が0.5万円未満、うち29件は完全に同額でした。
これは他職種と比べると異質です。同じ方法で実査した看護師では基本給は提示額の86%、保育士では87%。保育士の求人票では処遇改善手当や地域手当が月給欄に組み込まれ、「月給21万円」の内訳が基本給18万円ということが普通に起きます。整備士には、月給欄に積み上げるための毎月の手当そのものが、業界の慣行として存在していません。
採用する側の言葉に置き換えると、こうなります。求人票の月給欄を1万円上げるということは、本当に1万円の人件費を出すということです。見せ方の工夫で埋める余地がありません。
唯一の「上乗せ」は固定残業代。ただし31時間を宣言することとセット
例外が1つだけあります。固定残業代です。
実査した130件のうち固定残業代の記載があったのは16件で、その16件は月給下限の中央値25.0万円。記載のない73件の21.0万円を明確に上回り、95%信頼区間も重なりません(それぞれ24.0〜26.0万円、20.0〜22.0万円)。これは特定の媒体の癖ではなく、公的職業紹介の中だけで比べても24.5万円対21.0万円、専門求人サイトの中だけで比べても25.0万円対21.5万円と、2媒体それぞれで同じ向きに出ました。
つまり整備士の求人で「月給が高い」ものは、その多くが固定残業代を含んでいるということです。内訳が読めた9件では、提示額25.0万円に対し基本給21.0万円。差額の中央値5.0万円は、まるごと残業代でした。
ではこれを自社でも使えばいいのか、という話になりますが、代償があります。想定されている残業時間の中央値は31時間。時間数まで判明した14件のうち8件が30時間以上で、最長は45時間でした。固定残業代で月給欄を25万円に見せるということは、求人票の但し書きで「月30時間前後の残業を前提としています」と宣言することとほぼ同義です。
そして求職者側は、そこを読みます。整備士は求人票の給与欄に内訳が載る割合が高い職種で、実査でも主系列89件中78件で基本給まで読み取れました。隠れる場所がないのです。
「月給を上げる」以外の打ち手が効きにくい構造
ここまでを整理すると、整備士の求人市場は次のような構造になっています。
- 月給欄に積める毎月の手当が、業界慣行として存在しない
- 唯一の上乗せ手段である固定残業代は、残業時間の宣言とセットになる
- 求人票に内訳が載りやすく、基本給が見えてしまう
結果として、整備士の求人はほぼ素の基本給だけで並ぶことになります。「整備士 採用単価」で調べている方が本当に知りたいのは、いくら払えば採れるのかだと思いますが、この構造のもとでは月給を上げる打ち手は最も高くつきます。上げた分がそのまま毎月の固定費になり、しかも競合も同じ土俵にいるため、優位は長続きしません。
給与を相場より下に置けば足切りされるのは事実です(この話は「福利厚生を盛っても応募は増えない。給与が相場を「足切り」した求人」に書きました)。ただし整備士の場合、相場を下回らないことは必要条件であって、勝ち筋ではありません。実査した主系列89件の月給下限は第1四分位20.0万円・中央値22.0万円・第3四分位25.0万円。この分布の真ん中に置いたうえで、差は別の場所でつけることになります。
「整備士 採用成功事例」を読むときに注意すること
事例を参考にするときに、実査データから2つ注意点を挙げておきます。
1つは地域差は本物だということです。媒体を揃えて各13件ずつで比べると、首都圏25.0万円と北海道・東北20.0万円は信頼区間が重なりません。しかも保育士と違い、同じ求人の内訳にある基本給で並べ直しても首都圏が22.0万円で最上位のままでした。首都圏の高さは手当の厚さではなく、基本給そのものの差です。他地域の会社が首都圏の成功事例の給与水準をそのまま真似ると、無理が出ます。なお中間3ブロック(関西・東海22.5万円、甲信越・北陸・北関東20.5万円、中国・四国・九州・沖縄20.5万円)の順位は今回の件数では確定していません。
もう1つは業態差はほぼ錯覚だということです。全件をまとめるとディーラー20.5万円が整備工場・車検専門店22.0万円を下回り、「ディーラーのほうが高い」という一般的な印象と逆になります。ただしこれは業態の差ではなく、どの地域から求人が多く採れたかの反映でした。首都圏を除いて比べ直すとディーラー20.0万円・整備工場21.0万円まで縮み、信頼区間も重なります。「うちは整備工場だから/ディーラーだから」という前提で相場を決めないほうが安全です。
月給欄の外で差をつける
では何を書くか。実査データが「求人票の月給欄には現れない」と示している要素が、そのまま候補になります。
- 資格取得支援の実績額と受験機会: 整備士は3級・2級・1級・自動車検査員という資格の段階が処遇に直結します。実査では資格要件別の中央値(2級以上必須24.5万円/3級以上23.0万円/資格不問21.0万円)に順序は見えたものの、信頼区間が重なり差は確定しませんでした。「資格を取れば上がる」は求人票の月給欄からは読めないということです。制度があると書くだけでなく、直近3年で何人が受験し何人が取得したかまで書けると差になります
- 工具の貸与か自己購入か: 自己負担なら初年度の手元に残る額が変わります。ここを明記している求人は多くありません
- 固定残業時間を超えた分の支払い実績: 固定残業代を設定しない方針なら、それ自体が訴求になります。実査した73件は固定残業代なし/記載なしで、これがこの職種の多数派です
- 扱う車種と作業の構成比: 国産/輸入車、車検と一般整備の比率、繁忙期の山。整備士にとっては働き方と技術の伸び方を左右する情報です
- 認証工場か指定工場か、設備は何があるか: 事業所の設備は求人票の給与欄には現れませんが、応募者は見ています
もう1点。求人票の上限額の扱いには注意が必要です。実査した83件で上限は下限の中央値1.41倍・幅8.9万円と広く、上下限が同額の求人は1件もありませんでした。保育士の1.17倍・3.6万円と比べるとかなり開いています。幅を持たせること自体は業界標準ですが、上限が何級・何年目を想定した数字なのか、そこに到達した社員が実在するのかを書けないと、面接での不信につながります。
なお、資格が必須の職種で母集団が動かない場合、媒体選定そのものを見直す必要が出ることもあります。その考え方は「施工管理の採用が「できない」会社に共通する、たった一つの誤解」で扱っています。
未経験からの採用を選択肢に入れるかどうか
もう1つの現実的な打ち手が、資格を必須にしない募集です。実査でも、主系列89件のうち46件が「資格不問・歓迎」で、すでに半数を超えていました。整備士の求人市場は、実は有資格者だけを取り合っている市場ではありません。
市場全体でも、中途採用に占める未経験者の比率は31.9%まで拡大しています(出典: リクルートワークス研究所「中途採用実態調査(2025年度実績、正規社員)」)。同調査では中途採用を実施した企業の割合も84.4%と過去最高を更新しています。
ただし未経験を採るなら、月給欄はさらに動かせなくなります(資格不問46件の中央値は21.0万円)。ここでも差は月給の外——入社後1年間で何を任せ、いつ3級を受けさせるのかという育成の道筋——に置くことになります。支援の現場では、この道筋を実在する社員のステップとして書いた求人のほうが、応募後の辞退が少ない傾向があります。
まとめ
- 整備士の求人票は基本給が提示額の中央値97%。看護師86%・保育士87%と違い、月給欄に積む毎月の手当が業界慣行として存在しない
- 唯一の上乗せ手段は固定残業代だが、実査では想定時間の中央値が31時間。月給を高く見せることは残業時間の宣言とセットになる
- 結果として整備士の求人は素の基本給で並ぶ。月給を上げる打ち手は最も高くつき、優位も続かない
- 相場の目安は月給下限の第1四分位20.0万円・中央値22.0万円・第3四分位25.0万円(実査89件・2026年7月時点)
- 地域差は本物(首都圏と北海道・東北は信頼区間が重ならない)。業態差はほぼ地域構成の反映で、首都圏を除くと消える
- 差をつけるのは月給欄の外。資格取得支援の実績、工具の負担、残業の実支給、扱う車種、設備
- 上限額を出すなら、何級・何年目の数字かと到達者の実在まで書く。実査では上下限が同額の求人は1件もなかった
- 資格不問・歓迎はすでに主系列の半数超。未経験を採るなら、月給ではなく育成の道筋で差をつける