「固定残業45時間分を支給」。求人票にこう書いてある会社から、同じご相談をいただきます。この記載があると応募が来ない気がするが、かといって時間数を下げれば実際の残業に手当が足りなくなるし、金額を下げれば月給の見え方が落ちる。だから動かせるものが何もない、というご相談です。
結論から書きます。動かせるものは1つあります。支給額も時間数も一切変えずに、直近の平均残業時間を1行だけ併記する——これだけで、求人票の読まれ方は実態に近づきます。制度には手を触れないので、社内の稟議も規程の改定も要りません。
この記事では、株式会社KD3が採用支援の現場で実際に提案している固定残業代の書き方と、それが使える条件・使えない条件を整理します。書き方の話なので、制度そのものの妥当性については最後に触れます。
「45時間分」は、45時間働く前提の会社だと読まれている
まず前提を揃えます。固定残業代(みなし残業代)を導入している場合、執筆時点の運用では、求人票に①固定残業代を除いた基本給 ②固定残業代の金額と何時間分か ③想定時間を超えた分は別途支給する旨、の3点を明示することが求められます。つまり「書かない」という選択肢はありません。書き方だけが選べる、という状態です。
そのうえで、求職者がどこを見ているか。ベイジの調査では、転職者が採用サイトでまず見たい情報の1位は「募集要項」で51.1%でした(出典: ベイジ「中途採用における採用サイト利用実態調査(2024年度版)」)。同じ調査では、入社前の不安の2位に「希望の収入が維持されるか」37.35%が挙がっています。会社紹介や社員インタビューより先に条件欄が開かれ、そこで収入の見通しが立つかを確かめられている、ということです。
この読まれ方の中で「固定残業45時間分」という1行だけが置かれていると、どう解釈されるか。支援の現場では、求職者は時間数を「上限」ではなく「前提」として読む傾向があります。45時間まで手当が出る会社ではなく、45時間は働かされる会社として読まれる、という意味です。会社側が「上限として設定しているだけで、実際はそこまで働いていない」と思っていても、その情報は求人票のどこにも書かれていません。
直すのは1行だけ。実際の平均残業時間を併記する
打ち手はこれだけです。
- 直す前: 固定残業45時間分を支給
- 直した後: 固定残業45時間分を支給(直近の平均残業時間は月30時間程度)
変えたのは括弧の中だけで、支給額も時間数も制度も1ミリも動いていません。それでも読まれ方は変わります。「45時間働く前提の会社」から「45時間まで手当は出るが、実際は30時間の会社」になります。
この打ち手には、実務上の利点がもう1つあります。会社側の負担がゼロなので、商談のその場で合意できることです。年間休日を増やす・基本給を上げるといった改善は、どれも経営判断と原資が要るため、提案してから実行までに数週間かかります。書き方だけの改善は、その日のうちに原稿へ反映できます。実際、この提案をした初回商談では、その日のうちに「実態に合わせた併記の方法は求職者への印象を改善するうえで有効だと感じた」という反応をいただき、次回に役員が同席する流れになりました。
あわせて、月給欄そのものの書き方も点検してください。固定残業代を含んだ提示額を広いレンジで出している求人は多いのですが、求職者はレンジの真ん中を自分の期待値として読みます。この構造は「求人票の給与の幅は職種で決まっている。狭い職種で広く書くと外す」で扱いました。
使える条件は1つ。実績が時間数を下回っていること
この書き方は、どの会社でも使えるわけではありません。前提が1つあります。
- 実際の平均残業時間が、固定残業の時間数を下回っていること。平均が45時間なら、併記しても意味がありません。むしろ「本当に45時間働く会社だ」と確定させてしまうので、悪化します。商談では先に平均残業時間を確認します
- 数字は、会社が実績として把握しているものを使うこと。「30時間程度」と書ける根拠がない状態で書かせてはいけません。勤怠を締めていない会社の場合は、まずそこからになります
- 実態より小さく見せる方向には使わないこと。この併記は実態の開示であって、演出ではありません。入社後に「話が違う」となれば、早期離職という形で採用コストがまるごと無駄になります
そして、必ずセットで添えている1文があります。「制度そのものの妥当性は社会保険労務士等にご確認ください」。採用支援が答えられるのは「どう見えるか・どう書くか」までで、その制度が適法かどうかの判断は別の専門領域です。ここを分けておかないと、見せ方の助言が制度のお墨付きとして受け取られてしまいます。
繁忙期の波がある業種は、四半期ごとの目安に割る
年間を通して残業時間が平坦な会社ばかりではありません。建設・製造・物流のように繁閑がはっきりしている業種では、年間の平均値だけを書くと、繁忙期に入社した人の実感とズレます。
その場合は、四半期ごとの目安に割って書きます。「1〜3月は月◯時間、4〜6月は月◯時間」という書き方です。ここで起きるのは、残業時間の説明にとどまらない副次的な効果です。
繁閑を数字で書くと、そのまま仕事の流れの説明になります。いつが山でいつが谷か、何の仕事が集中する時期なのかが伝わるからです。求人原稿の「1日の仕事の流れ」欄が薄い会社——書くネタが出てこない、どの現場も違うので書けない、という会社は少なくありません——では、この四半期の目安が実質的な業務説明の代わりになります。
併記が効くのは、盛っている競合と並んだとき
「うちは正直に書いているのに報われない」という感覚には、根拠があります。株式会社KD3の求人相場ウォッチで電気工事士の求人644件を実査したところ、次のようになりました。
- 固定残業代の記載がある求人は91件(14.1%)で、想定時間数の中央値は25時間
- 提示月給の中央値は、記載あり24.0万円/記載なし21.0万円
- ところが同じ求人の基本給で並べ直すと、あり19.0万円/なし20.0万円で上下が入れ替わります
見かけの3万円は、まるごと残業代の先出しでした(詳細は「電気工事士の採用単価。「月給欄では盛れない」を644件で一部撤回」に載せています)。つまり正直に月給21万円と書いた求人は、25時間分の残業代を織り込んで24万円と書いた求人の隣に並びます。一覧画面では、どちらも同じ「月給」という欄です。
この市場で、平均残業時間の併記が効きます。併記は「この会社は盛っていない」ことを示す手段でもあるからです。提示額を積み上げている競合は、実態の平均を書けません。書けば自分の提示額の作り方が見えてしまいます。正直に書いている会社だけが持てる材料だ、と考えたほうが実務に近い理解です。
まとめ
- 固定残業代は求人票への明示が求められるため、書かないという選択肢はない。選べるのは書き方だけ
- 時間数だけを書くと、求職者はそれを上限ではなく前提として読む
- 支給額も時間数も変えずに「直近の平均残業時間は月◯時間程度」を1行併記する。制度に触れないので、その日のうちに反映できる
- 使える前提は「実際の平均が固定残業の時間数を下回っていること」。平均が時間数と同じなら、併記は逆効果になる
- 数字は勤怠の実績値を使う。実態より小さく見せる方向には使わない
- 繁閑のある業種は四半期ごとの目安に割る。残業時間の説明が、そのまま仕事の流れの説明になる
- 制度そのものの妥当性は社会保険労務士等への確認を前提にする。採用支援が答えるのは見せ方まで
固定残業代の相談は「制度を変えられないので打つ手がない」という形で来ます。変えられないなら、変えずに済む1行から先に直してください。原資が要らないぶん、いちばん早く試せる打ち手です。