保育士の採用コストを下げようとするとき、求人票でまず触るのは月給欄です。競合が20万円なら21万円と書く。固定残業代を乗せて23万円に見せる。経験者に絞る。年間休日を少し削って、そのぶんを給与に回す。どれも実務として自然な発想です。
私たちは求人相場ウォッチで、保育士(正社員)の求人を全47都道府県から採取し、1,078件を1件ずつ実査しました。今回は全件で月給の内訳(基本給がいくらか)まで読めています。同じ求人の中で「提示額」と「基本給」を直接対応させられるということです。
そこで分かったのは、月給欄を厚く見せる定番の3つが、どれも基本給を上げていないということでした。この記事では、保育士の採用単価をどう見積もるべきか、そして月給欄以外のどこを動かすのかを、実査データから整理します。
保育士の採用単価に、職種別の割増はない
先に定義を揃えます。採用単価は1人採用するのにかかった費用を採用人数で割った数字で、広告費だけで見るのか人材紹介の手数料や社内工数まで含めるのかで額が2倍以上変わります。他園の数字とそのまま比べる意味はほとんどないので、自社の中で定義を固定するところから始まります(計算の順序は「採用単価は「計算」より先に決める。採用枠×15万円で予算上限を引く」に書いたとおりです)。
そのうえで支援の現場での実感を1つ。職種や地域が違っても、原稿と媒体運用が噛み合った求人の採用単価は1人あたり7〜15万円のレンジに収まる傾向があります。応募が安く集まる職種は決定率が低く、応募単価が高い職種は本気度が高いというシーソーの関係があるためです。予算設計では、この上端を使って「広告費の上限=採用枠×15万円」という線を引いています。保育士だから割増、という形にはなりません。
実査の位置づけもはっきりさせておきます。今回のデータが示すのは「求人票に出ている提示月給の下限が、何によって動いているか」までで、採用単価そのものを要件別に測ったものではありません。ただ、月給欄をいじって応募が動かないときに「何が空振りなのか」を知る材料にはなります。
採取は媒体を公的職業紹介1つに固定し、47都道府県それぞれの検索結果から求人票の詳細1,410件を機械抽出したうえで、正社員・月給制・就業場所が一致・保育士資格を求める求人に絞って1,078件にしました。媒体を1つにしたのは、初版(2026年7月・150件)で媒体によって内訳を開示する割合が違ったからです。そのぶん民間の求人サイトにしか載っていない求人は含まれていません。
空振り①:固定残業代を乗せても、上がるのは提示額だけ
いちばんはっきり出たのがここです。
固定残業代の記載がある求人は110件(10.2%)ありました。この110件と、記載のない968件を提示額(月給の下限)で比べると、こうなります。
- 固定残業代あり:23.0万円(95%信頼区間 22.2〜23.0万円)
- 固定残業代なし:20.8万円(同 20.5〜21.0万円)
信頼区間が重ならず、5つの地域ブロックすべてで同じ向き(差1.4〜2.3万円)でした。月給欄は確かに2万円ほど厚くなります。
ところが同じ求人を基本給で比べ直すと、順序が逆転します。
- 固定残業代あり:17.7万円
- 固定残業代なし:18.0万円
つまり提示額の差はほぼ全額が固定残業代の分で、設定した求人のほうが基本給はむしろ低い、という結果でした。月給欄の数字は上がっているのに、賞与や退職金の基準になる部分は上がっていません。保育士の求人では1,078件中976件が賞与年2回以上で、その多くは基本給を基準に計算されます。月給欄を2万円厚く見せた結果、年収では見劣りする求人ができあがるという構造です。
時間数まで判明した107件の中央値は10時間、最長34時間でした。保育士の残業は行事準備や書類作成で発生しやすく、応募者はこの時間数を働き方のシグナルとして読みます。短い時間数を書けば効果が薄く、長い時間数を書けば警戒される——固定残業代は、この職種では扱いの難しい道具です。
1点訂正します。初版(150件)では記載を5件(3.3%)と報告し「ほぼ全ての求人が設定していない市場」と書きましたが、1媒体に固定して数え直すと10.2%で、3.3%は民間サイトを含めたことによる見かけの低さでした。珍しくはありません。ただし実務的には、設定しても基本給は上がらないという今回の結論のほうが重要です。
空振り②:経験者に絞っても、月給は上がっていない
「経験必須にすれば単価に見合う人が来る」という前提も、データは支持しませんでした。必要な経験別の提示額(月給の下限)は次のとおりです。
- 経験不問:21.1万円(628件)
- 経験必須:20.8万円(111件)
- 経験があれば尚可:20.6万円(339件)
経験を求める求人のほうが高い、という関係にはなっていません。地域ブロックの中で比べ直しても同じで、5ブロック中3ブロックで経験不問のほうが高く出ました(関西・東海22.0万円対21.5万円、甲信越・北陸・北関東21.0万円対20.1万円、北海道・東北20.0万円対19.5万円)。中国・四国・九州・沖縄は20.7万円対20.8万円で差がありません。経験必須のほうがはっきり高いのは首都圏だけで、そこも該当13件と薄い層です。
経験要件は採用単価のレバーではなく、母集団のレバーとして扱うほうが正確です。1,078件のうち628件(58%)が経験不問で、これが保育士求人の標準的な書き方になっています。ここで「経験必須」と書くと、月給で差をつけられないまま母集団だけが狭くなります。中途採用に占める未経験者の比率は31.9%まで広がっているという調査もあります(出典: リクルートワークス研究所「中途採用実態調査(2025年度実績、正規社員)」)。要件を緩めるかどうかは、単価ではなく現場の育成キャパシティで決める判断です。
空振り③:年間休日を削っても、月給には返ってきていない
3つ目は年間休日です。「休日が少ないぶん給与を高くしている」という求人はあるはずで、市場全体でもその傾向が出るのではないか——これも確認しました。
- 年間休日105〜119日:21.1万円(605件)
- 年間休日120日以上:21.0万円(426件)
- 年間休日105日未満:20.3万円(47件)
「休日が少ないほど月給が高い」という関係は出ませんでした。むしろ105日未満の層がいちばん低く、5つの地域ブロックすべてで同じでした。実査した求人の年間休日は中央値114日、四分位で109〜120日です。
年間休日を削って月給に回すという交換は、少なくとも保育士の求人市場では成立していません。休日の少なさは応募者にそのまま伝わる一方で、その対価は月給欄に現れないので、条件としては純粋に不利になります。逆に言えば、年間休日120日以上を出せる園は、月給を上げずに差別化できる位置にいるということです。
では、月給欄を実際に動かしていたものは何か
3つが空振りなら、保育士の月給欄は何でできているのか。答えは手当です。
提示額の中央値は21.0万円、その内訳にある基本給は18.0万円。基本給は提示額の中央値88%で、両者が同額だったのは1,078件中124件(11%)しかありません。59%にあたる632件で基本給は提示額の9割を切り、23%は8割も切っています。処遇改善手当・地域手当・資格手当を月給に組み込む書き方が、この職種では標準です。
この構造は地域差の見え方も変えます。提示額で並べると首都圏23.9万円・北海道・東北19.9万円で差は4.0万円。ところが同じ求人の基本給で並べ直すと18.8万円対17.7万円で、差は1.1万円まで縮みます。月給に含まれる手当の額は首都圏4.3万円・北海道東北2.0万円で、信頼区間が重なりません。首都圏の求人が高く見える理由の大半は、基本給の高さではなく手当の厚さです。
1点、初版の記述を更新しておきます。初版(150件)をもとにした「保育士採用が難しいのは、園ごとの差が求人票に出ないから」では「基本給では関西・東海が首都圏を逆転する」と書きましたが、1,078件では首都圏が名目上1位でした。ただし信頼区間が重なり、認可保育所に揃えると再び入れ替わります。正確には「基本給で見ると首都圏の優位は消えるが、どちらが上かは確定できない」です。地域差の大半が手当で説明されるという中身のほうは、7倍のデータで再現しました。
なお、施設の種類(認可保育所・認定こども園・小規模保育など)で相場を語ることもできませんでした。全国をまとめると差があるように見えますが、地域ブロックの中で比べ直すと向きが揃いません。全国プールで見える施設区分の差は、その区分の施設がどの地域に多いかを映しているだけです。
費用をかけずに、保育士の求人で動かせる3つ
月給欄の見せ方が効かないなら、どこを動かすか。実査から見えた順序は次の3つです。
1. 月給の内訳を書く。いちばん費用のかからない打ち手です。市場の89%が「提示額>基本給」で、しかも内訳の書き方は求人ごとにバラバラなので、応募者は「月給21万円」と書かれた求人を比較する手段を持っていません。ここで「基本給18.0万円+処遇改善手当2.5万円+地域手当0.5万円」と分解して書けば、金額を1円も上げずに、同額の競合より計算できる求人になります。賞与が基本給連動ならなおさらです。
2. 比較相手を、同じ媒体・同じ地域の求人に限定する。今回の実査でも、名寄せの段階で161件が「同一法人が複数の園について同じ賃金表で出している求人」として除外されました。検索結果を眺めるだけだと、実際より狭い相場が見えます。地域をまたいで比べるときは、提示額ではなく基本給で。額面では4.0万円の差が、基本給では1.1万円です。
3. 月給以外の条件を、数字で書く。保育士の月給レンジは上限が下限の中央値1.185倍・幅4.0万円と狭く、1,078件中130件(12%)は上下限が同額、66%は幅5万円未満です。この職種は、そもそも月給欄で差がつかない構造になっています(職種ごとのレンジ幅の違いは「求人票の給与の幅は職種で決まっている」にまとめています)。だからこそ、定員と職員数、クラス担任を持つかどうか、行事と持ち帰り仕事の実態、開園時間と延長保育の担当体制を数字で書けているかが効きます。年間休日120日以上を出せるなら、それは月給を上げるより安く効く差別化です。
実査データは件数・信頼区間・除外条件まで求人相場ウォッチ(保育士)で公開しています。
まとめ
- 保育士の採用単価に職種別の割増はない。支援の現場では7〜15万円に収まる傾向があり、広告費の上限は採用枠×15万円で引く
- 全47都道府県・1,078件を実査し、全件で月給の内訳まで確認。提示額21.0万円に対し基本給は18.0万円(中央値88%)
- 固定残業代を乗せると提示額は23.0万円対20.8万円と上がるが、基本給は17.7万円対18.0万円で逆転する。上がるのは見た目だけ
- 経験必須にしても月給は上がらない(経験不問21.1万円のほうが高い)。年間休日を削っても月給に返ってきていない
- 月給欄を動かしていたのは手当。地域差4.0万円は基本給で見ると1.1万円まで縮む
- 費用をかけずに動かせるのは、内訳を書く・比較相手を揃える・月給以外の条件を数字で書く、の3つ
月給欄の数字を1万円動かす前に、その1万円が基本給に乗るのかを確認する。保育士の求人では、そこが最初の分岐になります。