電気工事士を採用したいとき、求人原稿でまず触るのは月給欄と応募資格欄です。競合が21万円なら22万円と書く。「第二種電気工事士 必須」と書く。どちらも自然な発想です。
株式会社KD3では2026年8月1日に、126件の実査をもとに「電気工事士の採用で月給差を作っているのは、資格ではなく経験だった」という記事を公開しました。そのなかで「電気工事士の月給欄は、そもそも盛れない。固定残業代も逃げ場にならない」と書いています。
その後、同じ方法で件数を5倍に増やし、全47都道府県から644件を採り直しました。結果として、この一文は撤回が必要になりました。月給欄を厚く見せている求人は、この職種にも14%あります。この記事では、電気工事士の採用単価をどう見積もるか、そして撤回した1点と、5倍のNでも変わらなかった2点を整理します。
電気工事士だから、という採用単価の割増はない
先に定義を揃えます。採用単価は1人採用するのにかかった費用を採用人数で割った数字で、広告費だけを見るのか、人材紹介の手数料や社内工数まで含めるのかで額が2倍以上変わります。他社の数字とそのまま比べる意味はほとんどないので、自社の中で定義を固定するところから始まります(順序は「採用単価は「計算」より先に決める。採用枠×15万円で予算上限を引く」に書いたとおりです)。
そのうえで支援の現場での実感を1つ。職種が違っても、原稿と媒体運用が噛み合った求人の採用単価は1人あたり7〜15万円のレンジに収まる傾向があります。電気工事士だから割増、という形にはなりません。今回のデータが示すのは「求人票に出ている提示月給の下限が、何によって動いているか」までで、採用単価そのものを要件別に測ったものではありません。媒体は公的職業紹介1つに固定しているため、民間の求人サイトにしか載っていない求人は含まれていません。
撤回:固定残業代は、この職種でも逃げ場になっていた
初版の126件では、固定残業代の記載は15件(12%)・想定時間数の中央値13時間で、月給下限の差も信頼区間が重なっていました。そこから「電気工事士では『高い月給の正体は残業代』という説明が成り立たない」と書いたのですが、644件では数字が変わります。
- 固定残業代の記載あり: 91件(14.1%)・想定時間数の中央値25時間(四分位20〜36時間、30時間以上が40件、40時間以上が21件、最長57時間)
- 提示額の中央値: あり24.0万円/なし21.0万円(信頼区間は重ならず、5つの地域ブロックすべてで同じ向き)
- 同じ求人の基本給で並べ直すと: あり19.0万円/なし20.0万円で上下が入れ替わる
決め手は差額です。提示額と基本給の差は、固定残業代のある求人が4.0万円(信頼区間3.7万〜4.7万円)、ない求人が0円(553件中332件が完全同額)で、信頼区間が完全に分かれます。見かけの3万円は、まるごと残業代の先出しでした。初版の「中央値13時間」はn=15にもとづく数字で、Nを増やすと整備士(中央値20時間)やドライバー(中央値33時間)と並ぶ水準です。
採用側にとっての意味は、自社の求人が「盛れない」のではなく「盛っている競合が14%いる市場で戦っている」ということです。月給21万円と正直に書いた求人は、25時間分の残業代を織り込んだ24万円の求人の隣に並びます。
維持:それでも8割の求人は、月給欄がほぼ基本給
一方で、Nを5倍にしても変わらなかった点があります。644件すべてで内訳が読め、同じ求人の中で比べると基本給は提示額の中央値100.0%、332件(52%)は1円単位で完全に同額でした。初版の98%・46%をさらに上回ります。看護師(86%)や保育士(87%)のように毎月の手当を月給欄に積み上げる職種とは、構造が違います。
ただし例外は2割あります。130件(20%)は基本給が提示額の9割を切り、14件は7割も切ります。最も差が大きい求人は提示23.0万円に対し基本給8.5万円(37%)で、しかもこの求人に固定残業代の記載はありません。9割を切る130件のうち50件は固定残業代なしで、現場手当・資格手当・職務手当が月給欄に積まれている形です。「電気工事士は月給欄=基本給」は全体の傾向としては正しく、個別の1件の説明としては使えません。
「資格必須の求人のほうが月給が高い」は、要件の同居が作った見え方
初版では資格要件別の月給中央値が完全に同額(22.0万円対22.0万円)でしたが、644件では全国の数字に差が出ます。
- 第二種以上が必須: 23.0万円(177件)
- 資格不問・歓迎(入社後取得でよい): 21.0万円(451件)
信頼区間は重なりません。ただしこの差は、資格そのものの効果ではありませんでした。第二種以上を必須にする求人は46%(81/177件)が実務経験も必須にしているのに対し、資格不問の求人で経験必須は6%(29/451件)しかありません。経験要件を揃えて比べ直すと、経験必須どうしは25.0万円対25.0万円、経験不問どうしは21.0万円対21.0万円と中央値が完全に一致します。内訳の基本給で並べ直しても23.0万円対23.0万円・20.0万円対20.0万円で同じでした。
つまり求人サイトを眺めて「資格必須の求人は給与が高い」と読むのは、経験要件の差を資格の差と取り違えた見え方です。初版の結論(資格では上がらない)は5倍のNでも維持されました。応募資格欄に「第二種必須」と書くことは、月給の説得力を上げないまま応募できる人だけを減らします。実査では644件中451件(70%)がすでに資格不問・歓迎で、入社後に取らせる前提の募集が主流でした。
月給下限を動かしていたのは実務経験。上限にも効く
資格を揃えても消えなかった唯一の要件が実務経験です。実務経験必須の119件が25.0万円(信頼区間24.0万〜25.0万円)、経験不問の349件が21.0万円(20.5万〜21.5万円)で重なりません。第二種以上必須の中でも資格不問の中でも同じ幅で開き、5つの地域ブロックすべてで同じ向きです。
初版で「上限額は経験でほとんど動かない」と書いた点も修正になります。上限額は経験必須35.5万円・経験不問32.0万円で、こちらも信頼区間が重なりません。下限にも上限にも効く、この職種で唯一の要件です。
採用側から見ると、月給を上げずに応募を増やす余地はここにあります。未経験可の求人が主流であることは市場全体の傾向とも整合しており、リクルートワークス研究所の調査では中途採用に占める未経験者比率は31.9%で拡大傾向とされています(出典: リクルートワークス研究所「中途採用実態調査(2025年度実績、正規社員)」)。
原稿の書き方は、要件を分けて金額の根拠を開くこと
- 資格と経験を1行にまとめない。「第二種電気工事士 必須/実務経験不問」と分けて書けば、資格だけを持つ未経験者が応募できます。実査で最も低い組み合わせは「資格は必須だが実務は未経験可」の21.0万円で、ここは有資格者の入り口になっている層です
- 固定残業代を使うなら、時間数と基本給を同じ画面に書く。91件の中央値は25時間で、40時間以上も21件あります。時間数を書かない求人と並んだとき、正直に書いた求人が損をしないよう、基本給の額も併記するのが実務的です(レンジの読まれ方は「求人票の給与の幅は職種で決まっている。狭い職種で広く書くと外す」でも扱いました)
- 工事の種類で相場は変わらない。一般住宅・店舗22.5万円、電力インフラ・受変電22.0万円、ビル・商業施設・工場22.0万円で信頼区間はすべて重なり、地域ブロックの中では順位が入れ替わります。「うちはインフラだから高く出すべき」という前提は、求人票の相場には出ていません
まとめ
- 電気工事士だから採用単価が割増になる構造はありません。噛み合った求人は1人あたり7〜15万円のレンジに収まる傾向です
- 撤回1点: 固定残業代は逃げ場になっていました。記載91件(14.1%)・想定時間数の中央値25時間で、提示額は高く見えるのに同じ求人の基本給は逆転します(19.0万円対20.0万円)
- 維持2点: 月給欄はほぼそのまま基本給(中央値100.0%・52%が完全同額)。ただし130件(20%)は9割を切る例外です。そして資格要件では月給が上がらないことも変わりません
- 全国の数字で「資格必須のほうが高い」に見えるのは、経験必須が同居しているからです。経験を揃えると中央値が完全に一致します
- 動かしていたのは実務経験で、下限(25.0万円対21.0万円)にも上限(35.5万円対32.0万円)にも効きます。要件は分けて書き、金額の根拠を原稿で開くのが打ち手です
データは全国644件(正社員・重複排除後、2026年8月実査)です。集計方法と限界の開示は「電気工事士の求人相場ウォッチ」に全文を掲載しています。