求人票の給与欄を「月給20万円〜30万円」のように幅で書くとき、その幅をいくらにするかは書き手の裁量に見えます。上を高く書けば魅力的に見えるし、下を低く書けば経験の浅い人も受けられる。だから幅は広めに取っておこう——という判断は、実務でよく見ます。
私たちは求人相場ウォッチで、保育士・介護・事務・ドライバー・営業・整備士・溶接工・電気工事士・施工管理の求人を、同じ方法で1件ずつ実査してきました。累計1,000件を超える求人票の月給欄を読み比べて分かったのは、給与レンジの幅は書き手の自由ではなく、職種ごとにほぼ決まっているということです。最も狭い保育士は上限が下限の1.17倍・幅3.6万円、最も広い施工管理は1.61倍・幅16.5万円。約4.5倍の開きがあります。
この幅の相場から外れて書くと、金額そのものは同じでも読まれ方が変わります。この記事では、職種ごとのレンジ幅の実測値と、狭い職種・広い職種でそれぞれ何を書くべきかを整理します。以前に公開した「採用が難しい職種ランキングを、有効求人倍率だけで作ってはいけない」では提示額と基本給の比率という軸で職種を並べましたが、今回はその第2弾として「レンジ幅」の軸で見ます。
実測:給与レンジの幅は職種で4.5倍違う
上限と下限の両方が書かれている求人だけを対象に、上限が下限の何倍か(倍率)と、その差額の中央値を出したものが次の一覧です。いずれもKD3の実査データで、月給の下限・上限のみを見ています。
- 保育士:1.17倍・3.6万円(120件。65%が幅5万円未満、3件は上下限が同額)
- 介護:1.19倍・3.8万円(実査140件)
- ドライバー:1.20倍・5.0万円(136件のうち18件は上下限が同額。ただし大型は1.34倍・7.8万円と広い)
- 事務:1.24倍・5.0万円(75件。半数近い37件が幅5万円未満)
- 営業:1.40倍・10.0万円(84件。4件に1件は1.59倍以上)
- 整備士:1.41倍・8.9万円(83件。上下限が同額の求人は1件もなし)
- 溶接工:1.43倍・9.0万円(132件。同額は1件のみ)
- 電気工事士:1.55倍・12.3万円(126件。同額は1件のみ)
- 施工管理:1.61倍・16.5万円(88件。4件に1件は1.80倍以上、上限50万円以上が26件、最高80万円)
並べてみると、職種は「幅が狭い群」と「幅が広い群」にきれいに分かれます。保育士・介護・ドライバー・事務は1.2倍前後、営業から上の技能職・管理職系は1.4〜1.6倍です。この差は書き手の好みではなく、その職種で処遇にどれだけ段階があるか(資格の級、経験年数、担当する現場や車格、役職)の反映だと考えられます。
実務上の意味は単純です。自社の職種の相場より広い幅で書けば「上限が遠い」と読まれ、狭い幅で書けば「伸びしろがない」と読まれる。どちらも金額を変えずに起きる誤読です。
幅が狭い職種:下限がそのまま実額として読まれる
保育士・介護・ドライバー・事務のように幅が3〜5万円の職種では、求職者は下限をほぼ入社時の実額として読みます。「月給20万円〜24万円」なら20万円台前半だろう、という読み方です。実際、保育士の実査では120件中78件(65%)が幅5万円未満で、3件は上限と下限が同額でした。この読み方は市場の実態と合っています。
この群で原稿を書くときの要点は3つです。
- 下限の設定がほぼすべて。求職者は下限で足切りをして、そこから先を読みます。上限をいくら上げても、下限が競合より低ければ比較の土俵に乗りません。
- 幅を無理に広げない。相場が3.6万円の職種で10万円の幅を書くと、上限が現実味を失うだけでなく、「この会社は何を基準に決めているのか分からない」という不安要素になります。保育士は園ごとの差が求人に出ないと選ばれない職種で、月給欄で差をつける余地はもともと小さいと考えたほうが実態に合います。
- 伸びしろは月給欄の外に書く。幅が狭いということは、求人票の時点で示せる昇給の幅も小さいということです。昇給の実績額、賞与の支給月数、経験年数がどう反映されるかを別欄で具体的に書くほうが効きます。
幅が広い職種:上限は「誰の数字か」を書かないと効かない
施工管理(1.61倍・16.5万円)と電気工事士(1.55倍・12.3万円)は、実査職種の中で群を抜いて幅が広い2職種です。施工管理では上限が50万円以上の求人が26件あり、最高は80万円でした。
ここで気をつけたいのは、幅が広い職種では上限額が求人ごとの差別化になっていないことです。電気工事士の実査でそれがはっきり出ました。上限額の中央値は、経験必須の求人で35.5万円、未経験可の求人で35.0万円とほぼ同じです。一方で下限は経験必須25.0万円・未経験可21〜22万円と明確に分かれています。下限は経験で動くのに、上限はどちらも同じ額が置かれているということです(詳しくは「電気工事士の採用で月給差を作っているのは、資格ではなく経験だった」)。
つまりこの群では、上限額を1万円積み増しても横並びの中に埋もれます。効くのは額ではなく到達条件です。原稿に書くべきは次の情報です。
- 上限に到達している人が実在するか。「在籍者の最高が◯◯万円」「入社5年目で◯◯万円の社員がいます」と書けるなら、上限額そのものより強い情報になります。
- 何が上限を決めているか。資格の級か、担当する現場の規模か、役職か。施工管理の上限は有資格・大規模現場・所長クラスまで想定した幅であることが多く、その前提が書かれていない上限額は判断材料になりません。
- 下限からの1段目はいくらか。幅16.5万円のうち、入社1年目で現実的に届く範囲がどこまでなのか。ここが書かれていないと、上限は「遠い目標値」として割り引かれます。
「幅を広げれば応募が増える」は成り立たない
幅を広く取ると受けられる人が増えるので応募も増える、という考え方があります。実査データを見るかぎり、これは職種のレンジ幅の相場を無視した場合には成り立ちにくいと考えています。理由は2つです。
1つは、求職者は下限で絞り込むという行動です。給与レンジの下限だけを見て応募先を絞る人が多く、求人を出す側もそれを知って下限を設定しています。幅を下方向に広げれば、上限を上げても検索の足切りで先に落ちます。
もう1つは、幅の広さ自体が情報の少なさとして読まれることです。「月給20万円〜40万円」は、給与が経験で決まると言っているだけで、自分がどこに置かれるかを何も伝えていません。施工管理の実査で上限50万円以上の求人が26件あっても、そこに到達した人の情報がなければ、求職者にとっては下限20万円台の求人と区別がつきません。
幅を決めるときの実務的な順序は、まず自社の職種のレンジ幅の相場を確認し、その範囲内で下限を競合と比べ、上限には到達条件を添えるという3手です。公開前のチェック項目は「求人票の書き方のコツは、公開前にスマホの「壊れ」を潰すこと」にまとめてあります。
自社の求人票を見直す3ステップ
- 1. 自社の職種の幅の相場を確認する。上の一覧で近い職種を探すか、求人相場ウォッチで職種別の実査データを見てください。件数と信頼区間、除外した求人の条件まで公開しています。
- 2. 自社の求人の倍率を計算する。上限÷下限を出して、相場の倍率と比べます。1.2倍前後の職種で1.5倍を超えていたら広すぎ、1.6倍の職種で1.2倍なら伸びしろが伝わっていない可能性があります。
- 3. 幅が狭い職種は下限を、広い職種は上限の到達条件を直す。狭い職種で上限を上げても効かず、広い職種で上限額だけ上げても埋もれます。直す場所は職種で決まります。
なお今回の数字はいずれも月給の下限・上限のみの集計で、賞与・各種手当の実績額・残業代の実支給は含んでいません。年収の比較にはそのまま使えない点にご注意ください。
まとめ
- 給与レンジの幅は書き手の自由ではなく、職種ごとにほぼ決まっている。実査9職種で最狭の保育士1.17倍・3.6万円から最広の施工管理1.61倍・16.5万円まで約4.5倍の開き
- 幅が狭い群(保育士・介護・ドライバー・事務、1.2倍前後)は下限がそのまま実額として読まれる。下限の設定がほぼすべてで、伸びしろは月給欄の外に書く
- 幅が広い群(営業以上、1.4〜1.6倍)は上限が差別化にならない。電気工事士では上限額が経験必須35.5万円・未経験可35.0万円とほぼ同じで、差は下限に出ていた
- 広い職種で効くのは上限額ではなく到達条件。在籍者の実績、何が上限を決めているか、入社1年目で届く範囲の3点
- 幅を広げれば応募が増えるとは限らない。求職者は下限で絞り込み、広すぎる幅は情報の少なさとして読まれる
- 見直しの順序は、職種の幅の相場を確認 → 自社の倍率を計算 → 狭い職種は下限、広い職種は上限の到達条件を直す