社会福祉法人の採用担当者や施設長の方から、「近くの株式会社が運営する施設に月給で負けている」「うちは法人の性質上、給与を簡単には上げられない」という相談を受けることがあります。求人サイトで隣の施設の月給を見て、1万円から2万円の差にため息をつく。その気持ちはよく分かります。
ただ、リクプル編集部が株式会社KD3で続けている介護職の求人相場ウォッチ(2026年10月15日時点・公的職業紹介の正社員求人11,646件・47都道府県)のデータを見ると、この悩みは半分しか当たっていません。この記事の主張は1つです。社会福祉法人の介護求人は、株式会社より月給の下限が1.4万円低く見える。しかし上限は同じで、差の正体は固定残業代と施設の構成だった。だから対抗策は月給の上乗せではなく、求人原稿の「内訳の見せ方」にある。数字で順に説明します。
株式会社22.0万円、社会福祉法人20.6万円。差は1.4万円で、全国どの地域でも同じ向き
求人票の月給欄の下限(求職者が最初に目にする提示額)を、運営法人の種類ごとに中央値で並べると次のようになりました。
- 株式会社など営利法人(5,415件):22.0万円
- 社会福祉法人(3,010件):20.6万円
- NPO法人(129件):20.5万円
- 医療法人(2,060件):20.2万円
- 社団・財団・協同組合(175件):20.2万円
株式会社と社会福祉法人の差は1.4万円(95%信頼区間1.3〜1.5万円)で、北海道・東北から九州・沖縄まで5つの地域ブロックすべてで同じ向きでした。「株式会社のほうが高く見える」のは思い込みではなく、求人票の上では事実です。
なお、法人の種類は求人票の事業所名に含まれる法人格から判定したもので、事業所名が非公開の658件は別区分にしています。月給の下限だけを集計しており、賞与・退職金・夜勤手当の実支給額は含みません。
上限額は25.1万円対25.1万円。差があるのは「入口」だけ
同じ求人票の月給欄の上限額で引き直すと、様子が変わります。
- 株式会社など営利法人:25.1万円
- 社会福祉法人:25.1万円
- NPO法人:24.9万円
- 医療法人:24.2万円
株式会社と社会福祉法人は同額で、差の信頼区間は−0.15〜+0.25万円。統計的に差があるとは言えません。つまり両者の差は月給の幅の「入口」にだけあり、「到達点」にはない。社会福祉法人の求人票は、下限だけを見れば負けていますが、幅の上限まで見れば並んでいます。
では、入口の1.4万円はどこから来ているのか。実査では、差の出どころの大半が2つに絞れました。
差の正体1:固定残業代。株式会社は15.7%、社会福祉法人は1.4%
介護職の求人票の月給欄は「基本給+定額手当(+固定残業代)」の形で書かれています。株式会社の求人では、この固定残業代が提示額に積まれているものが15.7%ありました。社会福祉法人では1.4%です。
固定残業代は「残業をしてもしなくても払う」賃金ですから、提示額には含まれます。ただ、求職者から見れば、それは月給が高いのではなく残業代が先に入っているだけです。同じ22万円でも、固定残業代3万円込みの22万円と、固定残業代なしの22万円は別物です。株式会社側の提示額の一部は、この積み上げで高く見えています。固定残業代を求人票にどう書くべきかは固定残業代の書き方は、45時間分でも「1行の併記」で変わるで扱っています。
差の正体2:施設の構成。訪問介護と有料老人ホームが株式会社側に集中している
もう1つは、どの種類の施設の求人が多いかという構成の違いです。施設区分で提示額が最も高いのは訪問介護(1,983件・22.8万円)で、次が有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅(21.4万円)でした。この2つの区分の求人は株式会社側に集中しています。一方、社会福祉法人の求人は特別養護老人ホームやデイサービスなど、提示額が全体の中央値に近い区分が中心です。
つまり「社会福祉法人 対 株式会社」の比較は、知らないうちに「特養 対 訪問介護」の比較を含んでいます。そこで条件を揃えました。固定残業代のない求人だけに絞り、訪問介護と有料老人ホームを除くと、次のようになります。
- 株式会社など(2,183件):20.8万円
- 社会福祉法人(1,714件):20.5万円
差は0.3万円(信頼区間0.1〜0.5万円)まで縮みました。1つ前の版(2026年9月)ではここで差が消えており、今回は小さな差が残っています。それでも、求人サイトで目にする1.4万円の差の大部分は、法人の性質ではなく、固定残業代と施設の種類で説明がつきます。
月給を上げる前に、求人原稿でやること3つ
ここまでの数字から導けるのは、社会福祉法人が株式会社に対抗する手段は月給の上乗せではない、ということです。差の正体が「見え方」にあるなら、直すのも見え方です。支援の現場で優先している順に3つ挙げます。
1. 提示額の内訳を書き、固定残業代がないなら「なし」と明記する
介護職全体では、求人票の提示額に対して基本給の中央値は80.6%にとどまります。定額手当も固定残業代もない求人の基本給は中央値20.5万円、定額手当がある求人は16.6万円と、提示額がほぼ同じでも基本給に3.9万円の差がありました。求職者が月給欄の数字だけで比べているなら、内訳を開示したほうが有利な法人は少なくありません。自法人の基本給が厚いなら基本給を、処遇改善手当が厚いならその額を、固定残業代がないならその事実を、月給欄の直後に書いてください。
2. 賞与を「基本給の◯か月分」と書くなら、基本給の額を隣に置く
介護職の求人では賞与を「基本給の◯か月分」と書くのが主流です。基本給が20.5万円の法人と16.6万円の法人では、同じ「年2回・計3か月分」でも年間で10万円以上変わります。基本給の額が隣に書かれていなければ、求職者はこの差に気づけません。支援の現場では、社会福祉法人は賞与や退職金の制度が整っている法人が多い傾向がありますが、求人票ではそれが月給の下限に埋もれています。
3. 月給の下限だけでなく、上限と到達の目安を書く
上限額は株式会社と並んでいます。下限しか載っていない求人票は、わざわざ負けている数字だけを見せているのと同じです。「月給20.6万円〜25.1万円」と幅で書いたうえで、「介護福祉士・経験5年で月給◯万円」のように到達の目安を添えてください。比べる相手は同じ地域・同じ施設区分の求人に限ることも忘れずに。提示額の中央値は首都圏24.0万円・北海道東北19.7万円と、地域だけで4万円以上動きます。
それでも応募が来ないなら、月給以外のところを疑う
内訳を開示し、上限を書いても応募が増えない場合、原因は月給ではない可能性が高くなります。厚生労働省の令和7年 転職者実態調査では、自己都合で離職した転職者の理由(3つまでの複数回答)は「賃金が低かったから」25.5%が最多ですが、「労働条件(賃金以外)がよくなかったから」23.4%、「人間関係がうまくいかなかったから」22.2%がほぼ並んでいます。前の職場を賃金以外の理由で離れた人に、月給の数字だけで呼びかけても届きません。
競合が多い業界であることも押さえておく必要があります。マイナビの2026年6月度 中途採用・転職活動の定点調査では、その月に中途採用活動を行っていた企業の割合は全体で43.3%、医療・福祉・介護は50.3%と業種別でも高い部類でした。2社に1社が同じ月に募集している中で、求人票の差が「下限の1.4万円」だけなら、求職者はそこで決めます。差を月給以外の場所に作る必要があります。
月給以外で差を作る書き方は、前職で疲れた層に向けた原稿の作り方を介護の採用は待遇でなく「再起」で決まる。前職で疲れた層に絞る求人原稿で、採用コストの考え方を介護職の採用単価は、月給の提示額を上げても下がらないで扱っています。あわせてご覧ください。
まとめ
- 介護職の求人票の月給下限は、株式会社22.0万円・社会福祉法人20.6万円で1.4万円の差。全国5ブロックで同じ向き
- ただし上限額はどちらも25.1万円で差がない。差は月給の幅の入口にだけある
- 差の正体は固定残業代(株式会社15.7%・社会福祉法人1.4%)と施設の構成(訪問介護・有料老人ホームが株式会社側に集中)。条件を揃えると差は0.3万円
- 対抗策は月給の上乗せではなく原稿の見せ方。内訳を書く/賞与の基礎になる基本給を隣に置く/上限と到達の目安を書く
- それでも来なければ月給以外を疑う。離職理由は賃金と賃金以外がほぼ並び、同業の2社に1社が同じ月に募集している
自法人の求人票を開いて、月給欄の直後に「基本給」「固定残業代の有無」「上限額」の3つが書かれているかを確認してみてください。1つでも欠けていれば、月給を上げる前に直せる場所がまだあります。