介護職の採用コストを下げようとするとき、多くの施設が最初に検討するのは月給の提示額です。競合の求人が21万円なら22万円と書く、処遇改善手当を月給欄に足して23万円に見せる。応募が来ないのは金額で負けているからだ、という読みです。
私たちは求人相場ウォッチで、介護職・ヘルパー(正社員)の求人140件を1件ずつ実査しました。全国35都道府県から、地域と媒体が交ざらないよう5ブロックすべてで同じ媒体構成を揃えて採取したデータです。そこで分かったのは、介護職の求人票に出ている月給は、そもそも基本給ではないということでした。内訳まで読めた125件で、提示額の中央値21.0万円に対し基本給の中央値は16.5万円。基本給は提示額の中央値80%で、これは私たちが実査した10職種の中で最も低い水準です(溶接工100%・保育士87%・看護師86%・ドライバー84%)。
この記事では、介護職の採用単価をどう見積もるべきか、そして提示額を上げても応募が動かないときにどこを疑うかを、実査データから整理します。
介護職の「採用単価の相場」は、相場表からは出てこない
先に定義を揃えます。採用単価とは1人採用するのにかかった費用を採用人数で割った数字で、広告費だけで見るのか人材紹介の手数料や社内工数まで含めるのかで額が2倍以上変わります。他社の数字とそのまま比べる意味はほとんどないので、まず自社の中で定義を固定するところから始まります(計算の順序は「採用単価は「計算」より先に決める。採用枠×15万円で予算上限を引く」に書いたとおりです)。
そのうえで支援の現場での実感を1つ共有します。職種や地域が違っても、原稿と媒体運用が噛み合った求人の採用単価は1人あたり7〜15万円のレンジに収まる傾向があります。応募が安く集まる職種は決定率が低く、応募単価が高い職種は本気度が高いというシーソーの関係があるため、掛け算の結果が一定の幅に落ち着くからです。予算設計では、この上端を使って「広告費の上限=採用枠×15万円」という線を引いています。
ここで押さえておきたいのは、このレンジに職種別の割増がないことです。介護だから高い、という形にはなりません。介護職の採用が難しいこと自体は事実で、厚生労働省の一般職業紹介状況でも介護関係は高倍率の職業群に入ります(全職種計の有効求人倍率は1.18倍・令和8年6月分の季節調整値。出典: 厚生労働省 一般職業紹介状況(令和8年6月分)、職業別の内訳は同 統計一覧。毎月変動するため直近値で確認してください)。ただし倍率が示しているのは母集団の薄さであって、1人採るのにいくらかかるかではありません。そこから出てくる打ち手は「期間を長めに構える」「予算を厚めに置く」までです。
では自社で動かせるのはどこか。介護職の場合、それが月給の提示額ではない、というのが今回の実査で最もはっきり出た点でした。
実査140件:提示額21.0万円に対し、基本給は16.5万円
実査した140件のうち、同じ求人の賃金欄から内訳(基本給がいくらか)まで読めたのは125件(89%)です。この125件を同じ求人どうしで対応させると、次のようになりました。
- 求人票に出ている提示額の中央値:21.0万円
- その内訳にある基本給の中央値:16.5万円
- 差額の中央値:4.0万円(基本給は提示額の中央値80%)
提示額と基本給が完全に同額だったのは125件のうち8件(6%)だけです。125件中102件(82%)で基本給は提示額の9割を切り、18件は7割も切りました(最も乖離した求人は50%)。介護職の求人票では、月給欄の8割以上に処遇改善手当・資格手当・夜勤手当などが積まれているということです。
この上乗せが固定残業代でないことも確認できました。固定残業代の記載がある求人は140件中10件(7.1%)しかなく、固定残業代のない101件だけで見ても差額の中央値は4.0万円あります。上乗せの正体は残業代ではなく、毎月定額で乗る手当です。
採用単価の話に引き戻すと、これは「月給を1万円上げる」という打ち手のコストが、他職種と意味が違うということです。手当で積んだ1万円は、賞与が「基本給の◯か月分」で設計されている施設では年収に効かず、応募者が内訳を確認した時点で見え方が変わります。逆に基本給で1万円上げれば賞与・退職金・残業単価にも波及します。同じ「1万円上げた」でも、採用単価に返ってくるものと固定費だけが増えるものが混ざっているのです。
資格要件を上げても、増えているのは基本給ではない
「介護福祉士を必須にすれば単価が上がるから、無資格可にして安く採る」という前提もよく聞きます。実査データはこれを支持しませんでした。
提示額(月給の下限)で分けると、初任者研修以上21.5万円・介護福祉士必須21.5万円・無資格可20.0万円で、資格を求める側がやや高く見えます。ところが同じ求人を基本給で引き直すと、順序が逆転します。
- 無資格可:17.0万円
- 初任者研修以上:16.5万円
- 介護福祉士必須:16.0万円
3層の95%信頼区間はすべて重なっているので、この逆転自体を「資格を求めるほど基本給が下がる」と読むことはできません。確度をもって言えるのはもっと地味なことです。資格要件で上がっているのは基本給ではなく、月給欄に乗せられる資格手当の部分だったということ。さらに月給レンジの上限額は3区分とも25.0万円で完全に同じでした。資格を必須にしても、その求人が提示できる天井は動いていません。
実務としては、資格要件の緩め方・厳しくし方は、採用単価のレバーではなく母集団のレバーとして扱うほうが正確です。無資格可にすれば母集団は広がりますが、そのぶん研修・OJTの負荷が現場に乗ります。単価ではなく現場のキャパシティで決める判断です。
夜勤も地域も、月給欄の読み方を間違えると誤診する
月給欄に「出ているように見えて出ていないもの」は他にもありました。競合比較の誤診の元になるので、2つ挙げます。
1. 夜勤の有無は、月給の下限に表れない。夜勤あり20.5万円・夜勤なし21.0万円で、信頼区間が重なるうえ向きはむしろ夜勤なしのほうが上です。入居系20.5万円と日勤系(デイ・訪問)21.0万円も同じでした。夜勤手当は月給欄のレンジの外で別途加算する書き方が主流だからです。「うちは夜勤があるから月給を高く書かないと勝てない」という発想は、市場の書き方と噛み合っていません。夜勤の条件で戦うなら、月給欄ではなく「1回あたり◯円・月◯回程度」を数字で書くほうが伝わります。
2. 首都圏が高いのは、基本給が高いからではない。提示額の地域差ははっきり出ます(首都圏24.0万円/関西・東海21.0万円/中国・四国・九州21.0万円/甲信越・北陸・北関東20.0万円/北海道・東北19.5万円)。ところが基本給で引き直すと首都圏18.0万円・関西東海17.5万円とほぼ並びます。差額そのものも首都圏6.0万円に対し首都圏以外4.0万円で、信頼区間が重なりません。首都圏の高さの相当部分は手当の厚さです。他地域の求人サイトを見て「うちの提示額は相場より低い」と判断すると、比べていないものを比べていることになります。
介護の採用コストを実際に動かす3つ
提示額が効きにくいなら、どこを動かすのか。実査から見えた順序は次の3つです。
1. 月給欄の内訳を書く。これがいちばん費用がかからない打ち手です。市場の82%が「提示額>基本給」で、しかも内訳の書き方は求人ごとにバラバラなので、求職者側は「月給22万円」と書かれた求人を比較する手段を持っていません。ここで「基本給16.5万円+処遇改善手当4.0万円+資格手当1.5万円」と分解して書くと、金額を1円も上げずに、同額の競合より信用できる求人になります。賞与が基本給連動なら、その基準額が明示されている求人のほうが計算できます(「求人票の書き方のコツは1つだけ。「入社後の自分」を想像させる具体性」)。
2. 比較相手を、同じ地域・同じ媒体の求人に限定する。介護職は同一法人が同じ給与条件で何十件も事業所別に求人を出している職種です。今回の実査でも、名寄せの段階で1ブロックあたり50〜100件がこの理由で除外されました。検索結果の上位だけを眺めると、実際より狭く・高い相場が見えます。
3. 月給以外の条件を、数字で書けているか確認する。月給のレンジは上限が下限の1.19倍・幅3.8万円と、実査職種の中では保育士に次いで狭い部類です(求人票の給与の幅は職種で決まっている)。介護職は月給の額で差をつけにくい職種で、そのぶん休日・シフト・配置人数といった条件が相対的に効きます。実査した求人の年間休日は86日から150日まで開いていました(中央値110日)。
給与とは別の軸で何を訴求するかについては、前職で疲弊した層に「再起」を提示する設計を「介護採用で刺さるのは「未経験歓迎」より「前職で疲れた人へ」」に書いています。実査データは件数・信頼区間・除外条件まで求人相場ウォッチ(介護職・ヘルパー)で公開しています。
まとめ
- 介護職の採用単価に職種別の割増はない。支援の現場では7〜15万円に収まる傾向があり、広告費の上限は採用枠×15万円で引く
- 実査140件のうち内訳が読めた125件で、提示額21.0万円に対し基本給は16.5万円。基本給は提示額の中央値80%で、実査10職種の中で最も乖離が大きい
- 82%の求人で基本給は提示額の9割を切る。固定残業代の記載は7.1%しかなく、上乗せの正体は処遇改善手当・資格手当などの定額手当
- 資格要件で上がっているのは基本給ではなく資格手当。月給レンジの上限額は3区分とも25.0万円で同じだった
- 夜勤の有無は月給下限に出ない(夜勤あり20.5万円・なし21.0万円)。首都圏の月給が高いのも手当が厚いためで、基本給で引き直すと関西・東海とほぼ並ぶ
- 動かすべきは提示額ではなく、月給欄の内訳を書くこと・比較相手を同じ地域と媒体に限ること・休日などの条件を数字で書くこと