求人票の福利厚生欄にある「退職金制度あり」。この一行を見て、「長く勤めればまとまった額が出るんだな」と受け取った経験はないでしょうか。逆に「退職金制度なし」と書かれているのを見て、応募をやめたことがあるかもしれません。
私たちリクプル編集部は、ふだんは企業側の採用を支援し、求人票を作る側にいます。この記事では、その立場だから知っている退職金欄の事情——なぜあの欄から金額が読み取れないのか、「あり」の正体は何なのか——を正直にお伝えします。
結論: 「退職金あり」が示すのは、制度に入っているという事実だけ
先に結論です。求人票の「退職金制度あり」は、その会社に退職金の仕組みが存在するということしか意味していません。分からないことのほうが多いくらいです。
- いくら出るのか(金額も計算式も書かれていない)
- 何年勤めればもらえるのか(支給対象になる勤続年数の条件が書かれていない)
- 自社の規程なのか、外部の共済制度なのか(後述しますが、この違いは転職者にとって非常に大きい)
賞与欄が「実績◯ヶ月」「規定による」「賞与あり」と段階的に書き分けられる(賞与「実績4ヶ月」と「規定による」の決定的な違い)のに対し、退職金欄にはそもそも段階がありません。求職者が読み取れる情報がほぼゼロなのです。
内幕①: 退職金欄は「チェックボックス」で、中身を書く欄がない
なぜここまで情報が乏しいのか。求人を作る現場に立つと、理由はシンプルです。多くの求人媒体で、退職金は「あり/なし」を選ぶだけの項目になっているからです。
給与欄には金額を書く枠があり、賞与欄には実績を書く枠があります。しかし退職金には、金額や計算式を入れる枠が用意されていないことが多い。企業側に隠す意図がなくても、入力欄がない情報は求人票に載りません。
加えて、退職金の額は入社後の勤続年数や基本給の推移に左右されるため、「中途で入った人がいくらもらえるか」を募集時点で一意に書くこと自体が難しい。結果として、ここは手厚い会社ほど損をする欄になっています。充実した自社規程を持つ会社も、最低限の共済に入っているだけの会社も、同じ「退職金制度あり」の一行で並ぶからです。
内幕②: 「あり」の正体は中退共。受け取り額は納付月数で段階が変わる
では「あり」の中身は何か。中小企業の求人でよく出てくるのが、中小企業退職金共済(中退共)です。「求人票 退職金共済」という検索が立っているのも、労働条件通知書や面接でこの名前を見聞きして調べる人が多いからでしょう。
中退共は、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する中小企業のための国の退職金制度です。公式サイトの記載どおりに整理すると、仕組みはこうなっています。
- 事業主が機構と契約して毎月の掛金を納付する。掛金は全額が事業主負担で、一部でも従業員に負担させることはできない
- 従業員が退職したときは、会社からではなく、中退共から本人へ直接支払われる
- 掛金月額は5,000円〜30,000円の16種類から、事業主が従業員ごとに選ぶ(短時間労働者には2,000円・3,000円・4,000円の特例あり)
(出典: 中退共「制度の概要」/中退共「掛金」)
会社ではなく機構から直接支払われるのは、求職者にとって安心材料です。一方で掛金月額が5,000円から選べるということは、「退職金あり」という同じ一行の裏側で、実際の積み上がりが会社によって6倍違いうるということでもあります。
さらに転職を考えている人が知っておくべきなのが、受け取り額が掛金の納付月数によって段階的に変わる点です。
- 11ヶ月以下: 支給されない(通算制度などを使っている場合は例外あり)
- 12〜23ヶ月: 掛金納付総額を下回る額になる
- 24〜42ヶ月: 掛金相当額
- 43ヶ月以降: 運用利息と付加退職金が加算され、長く加入するほど有利になる
(出典: 中退共「退職金」)
掛金が月5,000円の会社に2年勤めて辞めた場合、掛金相当額は12万円です。まとまった額になるのは43ヶ月目=およそ4年目以降から。つまり短期で次を考えている人にとって、退職金欄の「あり」「なし」は判断材料としての重みが小さい。腰を据えて働くつもりなら、逆に月給と同じくらい重要な条件になります。
この段階は自分でも確かめられます。中退共は掛金月額と納付年数を入れると金額が出る退職金シミュレーションを公開しています。面接で掛金月額の目安を聞けたら、その数字と「自分がその会社にいるつもりの年数」を入れてみてください。
内幕③: 「退職金制度なし」が不誠実とは限らない
「求人票 退職金制度なし」という検索も多く見かけます。ここも誤解されやすいので、正直に書きます。
退職金がない代わりに、その分を月々の給与や賞与に配分している会社は実在します。退職金前払い制度として明示している会社もあれば、単に原資を月給に乗せているという説明になる会社もあります。どちらが得かは、その人が何年その会社で働くか次第で答えが変わる。「退職金なし=待遇が悪い」ではなく、「受け取るタイミングが違う」と読むのが実態に近いと考えています。
もうひとつ注意が要るのは、自社規程の退職金は基本給を計算の基礎にしていることが多い点です。月給の額面が同じでも、定額手当が多く基本給が低い会社では、退職金の計算基礎そのものが小さくなります。この構造は求人票の手当が多い会社ほど基本給は低いで実際の求人データをもとに書きました。退職金の話は、実は基本給の話でもあるのです。
選考中に確認する: 何を、どの順番で聞くか
ここからが実践パートです。「求人票の退職金の記載に効力はあるのか」と調べる人が多いのですが、求人票はあくまで募集時点の条件であり、自分に適用される条件が確定するのは内定後の労働条件通知書と社内の退職金規程です。記載と入社後の説明が食い違う場合の取り扱いは法的な論点を含むため、ここでは断定しません。実際に不一致があったときは、労働基準監督署や社会保険労務士・弁護士などの専門家に相談してください。
そのうえで、選考中に確認したいことを4つ挙げます。いずれも採用側が失礼だと感じる質問ではなく、むしろ長く働く前提で条件を見ている応募者だと伝わります。
- 「退職金は自社の規程ですか、中退共などの外部制度ですか」——最初に聞くべき質問。外部制度なら会社の業績と切り離して積み上がり、自社規程なら計算式と原資の話になります。以降の質問の前提が変わります
- 「支給の対象になるのは、勤続何年からですか」——自社規程では「勤続3年以上」などの条件が置かれていることがよくあります。ここが曖昧なままだと、金額を聞いても意味がありません
- 「計算は基本給と勤続年数のどちらを基礎にしていますか」——自社規程の場合に効きます。基本給基礎なら、提示された月給のうち基本給がいくらかを必ず確認してください
- 「労働条件通知書と退職金規程は、内定後に確認させていただけますか」——最も確実な方法です。規程の閲覧をどう案内されるかで、その会社の労務管理の丁寧さも見えます
聞くタイミングは、給与の確認と同じく2次面接以降や条件面談の場が自然です。そして、この種の質問にその場で答えられない、あるいは「たぶん出ます」で済ませる会社には注意してください。退職金は制度である以上、必ず書面の根拠があります。根拠を示せないということは、制度の運用自体が曖昧である可能性が高い——これも求人を作る現場での実感です。
制度の一行より、働く人の言葉のほうが情報量が多い
求人票の福利厚生欄は「ある/ない」しか語れない構造です。その会社で長く働いている人がどれくらいいるのか——そうした情報は、制度の一行からは出てきません。
リクプルは「入社前から、リアルに分かる。」をコンセプトに、実際に働く人のインタビューと募集要項をセットで掲載しています。長く働けそうな職場かどうかを確かめてから応募したい方は、掲載中のインタビュー記事をご覧ください。
まとめ
- 求人票の「退職金制度あり」は制度が存在するという事実のみ。金額・支給条件・制度の種類は分からない
- 多くの媒体で退職金は「あり/なし」のチェック項目。金額を書く欄がないため、手厚い会社も最低限の会社も同じ一行で並ぶ
- 「あり」の正体として多い中退共は、掛金全額が会社負担で機構から本人へ直接支払われる。掛金月額は5,000〜30,000円の16種類
- 中退共は納付11ヶ月以下だと不支給、12〜23ヶ月は掛金総額を下回り、43ヶ月目以降から有利になる。短期転職なら判断材料としての重みは小さい
- 「退職金なし」は待遇が悪いのではなく、受け取るタイミングが違う設計の場合がある
- 聞くべきは「自社規程か外部制度か」「勤続何年から」「計算の基礎は何か」「規程を確認できるか」の4点