地方の企業から採用のご相談をいただくとき、予算の話に入る前に必ず確認していることがあります。その求人が、自治体の移住支援金の対象求人になっているかどうかです。
移住支援金は、条件を満たして移住・就業した人に自治体から支給される制度で、企業側の費用負担はありません。県外からの応募者にとっては移住コストが下がるので、企業は持ち出しゼロで採用の商圏を県外まで広げられます。ここまでは知られています。
問題はその先です。就業要件が「道府県のマッチングサイトに掲載されている求人に就業すること」なので、載っていない求人はいくら条件が良くても対象外になります。そして、募集を出したあとに気づいても遡って対象にはできません。地方採用の提案でこの制度を使うなら、着手順の一番目に置く必要があります。
移住支援金は求職者本人に支給される。企業の持ち出しはない
まず制度の形を確認します。国の枠組み(地方創生移住支援事業)では、支給額は次のとおりです(出典: 内閣官房・内閣府「移住支援金」)。
- 世帯向け——100万円以内。18歳未満の世帯員を帯同して移住する場合は、18歳未満の者一人につき最大100万円を加算
- 単身向け——60万円以内で都道府県が設定する額
支給されるのは移住した本人で、企業がこの費用を負担することはありません。企業側がやることは、求人を対象求人として掲載しておくことと、求人票にその旨を書いておくことだけです。
採用の打ち手として見ると、この構造はかなり特殊です。求人広告も人材紹介も、応募者を動かすために企業がお金を払います。移住支援金は応募者側のいちばん重いコスト(引っ越しと生活の立ち上げ)を、企業の支出なしで下げられる数少ないカードです。金額の水準も、求人票の月給を数千円上げるといった調整とは桁が違います。
使えるかどうかは「マッチングサイトに載っているか」で決まる
ここがこの記事のいちばん重要な部分です。移住支援金を受け取るには、移住元の要件に加えて就業などの要件を満たす必要があり、その代表が「移住支援金の対象として道府県のマッチングサイトに掲載されている求人に就業すること」です(同上。ほかにテレワークでの前職継続、市町村の独自要件、起業支援金の交付決定などの経路があります)。
逆に言うと、掲載されていない求人に入社した人は、条件を満たしていても支援金を受け取れません。求人票に「移住歓迎」と書いてあっても、制度上は関係がありません。判定されるのは求人が対象として登録されているかどうかです。
そして掲載や法人登録の手続きには、自治体ごとに受付の締切や審査の期間があります。募集を開始してから「あの制度が使えたのでは」と気づいても、先に入社した人にさかのぼって適用することはできません。だから、募集要項を固めるより前、採用計画を立てる段階でこの確認を済ませておく必要があります。支援の現場でも、地方案件の提案書では有料施策より前のいちばん上に「対象求人の登録」を置いています。
対象になる人は、思っているより絞られる
「支援金がある=県外の誰でも呼べる」ではありません。国の枠組みでは、移住元の要件がはっきり決まっています。
- 移住直前の10年間で通算5年以上、東京23区に在住、または東京圏から東京23区へ通勤していること
- そのうち直近1年以上は、東京23区に在住または通勤していること
つまり主な対象は東京23区で働いてきた層です。近隣県からのUターン希望者や、もともと地方在住の転職希望者は、この要件だけでは対象になりません。ターゲットの居住地と噛み合わなければ、制度があっても効きません。
実務では、この要件を先に読んでから採用ターゲットを引き直します。「県外から呼ぶ」の中身を、支援金が効く層とそうでない層に分けて見積もるということです。求人票に制度を書いておくことは無駄になりませんが、それだけで応募が増えるという期待の置き方は正確ではありません。
効くのは「商圏内だけでは母数が足りない」会社
では、どういう会社でこのカードが効くのか。判断の材料になるのが地域ごとの需給差です。
厚生労働省の一般職業紹介状況(令和8年7月分・季節調整値)では、都道府県別の有効求人倍率は就業地別で最高が福井県・山梨県の1.69倍、最低が大阪府の0.95倍と、同じ全国1.18倍の中で大きく開いています(出典: 厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年7月分)」2026年8月28日公表。数値は毎月変わります)。倍率が高い地域ほど、その地域の中だけで経験者を探すと競合と同じ人を取り合うことになります。
この状態のときに、商圏を県外まで広げられるかどうかで打ち手の数が変わります。地方採用では対象者を「県内在住者」ではなく「その地域で働きたい人」で定義し直すのが基本で、これは「地方の中小企業が採用で勝てる土俵は「待たない接点」にある」でも書いたとおりです。移住支援金は、その定義変更を求職者側のコスト面から後押しする材料になります。
逆に、商圏内で十分に母集団が取れている職種・地域では、優先度は下がります。自社の地域が需給的にどのあたりにいるかは「地方の求人倍率は「低いから採りやすい」と早合点しない」の手順で先に見立ててください。
「制度がある」と「これで採用できる」は別の話
最後に、正直に書いておきたい点があります。支援の現場では、この制度は提案に組み込んだ段階までで、受給に至った採用事例をまだ持っていません。「制度が存在し、使うには募集開始前の登録が要る」ところまでは確かな事実ですが、「これを載せれば採用できる」とまでは言えません。
あわせて注意したい点を挙げます。
- 金額も条件も自治体ごとに違う——国の枠組みは上限を定めたもので、実際の支給額や運用は都道府県・市町村が設定します。他地域の金額をそのまま自社の求人票に書かない
- 手続きの主体は企業自身——支援会社が代行できる性質のものではありません。着手日と社内の担当者を決めておかないと止まります
- 成果はコミットの対象にしない——制度の存在と手続きの順序までを共有し、応募数への効果を約束しない
それでも、費用のかからない打ち手を有料施策より先に確認しておくことには意味があります。予算の話は、無料で使える制度を洗い出したあとにするほうが、結果として使う金額が小さくなります。
まとめ
- 移住支援金は移住した本人に支給される制度で、企業の費用負担はない(世帯100万円以内+18歳未満1人につき最大100万円加算/単身60万円以内・都道府県が設定)
- 就業要件は「道府県のマッチングサイトに掲載されている求人に就業すること」。登録されていない求人は対象外で、後から遡れない
- だから地方採用の計画では、募集を出す前に対象求人の登録を済ませる。着手順の一番目に置く
- 移住元の要件(10年で通算5年以上・直近1年以上の東京23区在住/通勤)があるため、対象になる層は限られる。ターゲットと噛み合うかを先に見積もる
- 効くのは商圏内だけでは母数が足りない会社。金額・条件は自治体ごとに違うので、必ず当該自治体の要綱で確認する
地方の採用は、母集団が少ないのではなく商圏の引き方で決まります。企業の持ち出しがゼロで商圏を広げられる制度があるなら、有料の打ち手を検討する前に確認しておく価値があります。