通勤圏内だけでは人が採れない、と分かった会社が次に検討するのが住宅支援です。社宅を用意するか、家賃補助を出すか。そして議論はほぼ必ず「いくら出すか」に流れます。月2万円か3万円か、上限をいくらに置くか。ここで負けます。
株式会社KD3の採用支援の現場では、住宅支援で効いているのは金額ではありません。効いているのは①現物で出しているか ②利用に制限を設けていないか ③制度が実在することを証明できているかの3点です。金額は、この3つが揃った後に意味を持ちます。
この記事では、社宅と家賃補助のどちらが採用で効くのかを手取り換算の観点から整理し、そのうえで求人票に何を書けば差になるのかを、実際にヒアリングで使っている4項目まで落とします。
「どっちが効くか」は、手取り換算で決まる
まず制度の形の違いです。
- 家賃補助: 住宅手当として給与に上乗せして支給する形。課税対象になり、社会保険料の算定にも乗ります
- 現物の社宅: 会社が保有する物件、または会社が借り上げた物件を社員に貸す形。社会保険料・税の面で有利になり、同じ金額でも手取り換算では大きくなります
ここで一点、はっきりさせておきます。有利になるかどうかは制度設計(賃貸借契約の名義や自己負担割合の置き方)で変わるため、「必ずこうなります」とは言えません。実際に設計するときは顧問社労士・税理士の確認を前提にしてください。採用支援が言えるのは「この差が求職者に伝わっていない」というところまでです。
そして、そこが実務の勘所になります。この手取り換算の説明は、他社の求人票にほとんど書かれていません。「社宅あり」「住宅手当あり」と並べただけの求人が大半で、同じ2万円でも受け取り方が違うことは説明されていない。書くだけで差別化になる、という珍しい領域です。
実際にご一緒している東京の建設会社は、会社が保有するマンションを現物で提供する形をとっています。間取りごとに自己負担額が決まっていて、いちばん小さい1Rなら月1万円台、家族向けの3LDKでも月5万円ほど。この会社では30名規模の社員が入居しています。相場から見れば、月あたりで数万円の可処分所得の差になります。
求人で本当に効くのは「制限を設けていないこと」
金額より効く材料があります。利用に制限を設けていないことです。
競合他社の住宅支援を並べて見ると、多くは「寮」という設計になっています。そして寮は、たいてい若手向け・単身者向けに作られています。年齢の上限があったり、単身者に限られていたり、入社◯年目までという条件がついていたり。結果として、30代半ばで家族がいる人は最初から対象外です。
ここが噛み合います。たとえば施工管理の採用で最優先ターゲットに置くのは30歳前後ですが、この層はちょうど家族を持ち始める時期にあたります。つまり競合の寮制度は、いちばん採りたい層に対してだけ機能しない設計になっている。年齢制限も単身者限定も設けていない会社は、それだけで刺さります。
逆に言えば、これは最優先ターゲットに対してだけ効く差別化です。だから確認の順序があります。
- 自社の住宅支援に、年齢・単身・勤続年数・通勤距離の制限がついていないか
- 制限がある場合、それは自社が採りたいターゲット層と矛盾していないか
- 矛盾しているなら、原稿を直す前に制度の適用範囲を広げられないかを先に検討する
「若手を採りたい」と言いながら単身寮しかない会社は問題ありません。問題は「経験者の30代を採りたい」と言いながら単身寮しかない会社です。この場合、住宅支援は打ち手として数えられません。
金額は詳細に書けないことが多い。だから4項目を聞く
現物の社宅を持つ会社にヒアリングして「自己負担額はいくらですか」と単一の数字を求めると、たいてい答えが返ってきません。実際にいただいた回答がそのまま典型でした。
家賃は間取り・物件・社員ごとに異なる。勤続年数や通勤距離の制限は設けていないが、採用上の理由から社員ごとに強弱をつけている。だからあまり詳細に金額を明記するのはうまくない——という趣旨です。
現物の社宅は、運用が個別最適になっているのが普通です。だから聞くのは金額ではなく、次の4項目にします。
- 自己負担額のレンジ(間取り別に例示できるか)
- 会社側の負担上限、または対象となる家賃の上限
- 入居の条件(勤続年数・通勤距離・単身かどうか・年齢)
- 実際に利用している社員数
そして求人票にいちばん効くのは4つめです。「社宅あり」という1行は、競合と完全に横並びで無価値です。それに対して「社宅に30名が入居しています」は、制度が書類の上だけでなく実在することの証明になります。求職者が制度欄を読むときに疑っているのは金額の多寡ではなく、「それ、本当に使えるんですか」のほうだからです。
金額は間取り別のレンジで書き、「物件により異なります」を添えます。個別の金額を書くと、既存社員との条件差が問題になります。採用のために書いた一行が、社内の説明責任を発生させることは避けてください。
打ち出した案件で、実際に何が起きたか
県外からの転居を前提にした施工管理の募集で、住宅支援を前面に出したことがあります。設計はこうでした。
- 家賃の50%を1年間補助(単身は上限3万円、家族帯同は4.5万円)
- あわせて引越し費用を実費負担
結果は、応募が約100名、1名あたりの応募単価は約5万円、最終的に8名の採用となりました。転居を伴う募集で二桁の採用ができています。
ただしこれは1案件の実績です。地域も職種も違えば単価は動きますし、同じ設計で同じ数字が出る保証はありません。参考値として扱ってください(採用単価そのものの見方は「採用単価は「計算」より先に決める。採用枠×15万円で予算上限を引く」に整理しています)。
それでも押さえておきたいのは、この設計が「金額の勝負」ではなかったことです。補助率50%・上限3万円という数字自体は、突出して高いわけではありません。効いていたのは、引越し費用まで含めて「移ってくるコスト」を丸ごと引き受けた設計になっていた点です。遠方の求職者が計算しているのは月々の家賃ではなく、動くのに総額いくらかかるか、のほうです。
制度はあるのに、打ち出していない会社が多い
ここまで書いてきたことの多くは、実は会社側がすでに知っていることでした。前述の建設会社では、こちらが提案する前にクライアント側から「住宅補助での追加支給より社保や税にメリットがあり、手取り換算では大きい」「年齢制限や単身者のみといった制限を設けていないことが刺さりやすい」と出てきています。事業会社が持っている実務知が、そのまま求人の訴求材料になっていたケースです。
この非対称は、統計にも表れています。マイナビの定点調査では、エンゲージメント向上施策を実施している企業は32.2%(従業員301名以上では約5割)にとどまる一方で、正社員の72.7%が、そうした施策のある企業には「応募・入社意欲が高まる」と回答しています(出典: マイナビ「2026年6月度 中途採用・転職活動の定点調査」)。求職者の側は反応する準備ができているのに、打ち出しているほうが少ない、という構図です。
支援の現場での実感も同じです。新しい制度を提案するより、すでにやっていることを聞き切るほうが早く効きます。住宅支援はその典型で、社宅を持っているのに求人票では「社宅あり」の4文字で終わっている会社が少なくありません。
最後に適用範囲を1つ。住宅支援が効くのは、県外・遠方から人を動かす前提の職種に限られます。施工管理・製造・介護・ドライバーなどが該当します。通勤圏内で完結する募集では、住宅支援は訴求になりません。その場合は募集の商圏設計そのものから見直すことになります(「地方採用が難しい本当の理由は「母集団」ではなく「設計」」で扱っています)。
まとめ
- 住宅支援の議論を「いくら出すか」から始めると差がつかない。効くのは現物・制限・実在証明の3点
- 家賃補助は課税対象で社会保険料の算定にも乗る。現物の社宅なら同額でも手取り換算で大きくなる。ただし制度設計で変わるため、顧問社労士・税理士の確認を前提にする
- この手取り換算の説明は他社の求人票にほとんど書かれていないため、書くだけで差別化になる
- 競合の寮は若手・単身者向けの設計が多く、30代で家族がいる層は対象外。制限を設けていないことは、最優先ターゲットに対してだけ効く差別化になる
- ヒアリングでは金額ではなく4項目(自己負担のレンジ/会社負担の上限/入居条件/利用社員数)を聞く
- 求人票にいちばん効くのは利用社員数。「社宅あり」より「社宅に30名が入居」のほうが、制度が実在することの証明になる
- 個別の金額は書かず、間取り別のレンジ+「物件により異なります」に留める。既存社員との条件差が問題になるため
- 効くのは県外・遠方から動かす職種に限られる。通勤圏内で完結する募集では訴求にならない
住宅支援は、制度を新しく作る話に見えて、実際はすでにある制度の書き方を変える話であることが多い領域です。自社の求人票の福利厚生欄が「社宅あり」で終わっていないか、まずそこを確認してみてください。