「月給の額面が競合より低く見えるので、手当を足して見せ方を良くしたい」。求人原稿のご相談で、最も多い依頼のひとつです。職務手当、業績給手当、処遇改善手当——名目はさまざまですが、狙いはどれも同じで「求人票に出る数字を上げたい」ということです。
ところが、実際の求人票を大量に読むと、この打ち手はほとんど効いていません。手当を積んでいる求人と積んでいない求人で、求人票に出ている月給はほぼ同じ額でした。違っていたのは基本給のほうで、手当を積んでいる求人は基本給が3.0〜6.0万円低いのです。手当は月給を上に足しているのではなく、基本給を下に削る形で入っていました。
この記事では、株式会社KD3が公開している求人相場ウォッチの実査データから、その構造と、求人原稿でどう扱うべきかを整理します。数字はすべて同じ求人の中での対応比較(提示額と、その内訳にある基本給)です。
手当を積んでも、求人票に出る月給は0.1〜0.5万円しか動かない
まず結果から出します。公的職業紹介に出ている正社員求人を職種ごとに全国47都道府県で採取し、求人票の賃金欄を「求職者が最初に目にする提示額」と「同じ求人の内訳にある基本給」に分けて集計したものです(いずれも月給下限の中央値)。
- 介護(7,735件・2026年8月26日時点)——定額手当も固定残業代もない求人740件の提示額は19.5万円。定額手当がある求人6,500件は20.0万円。差は0.5万円
- ドライバー(8,033件・2026年8月25日時点)——手当がまったくない求人2,877件の提示額は23.0万円。定額手当がある求人3,591件は23.1万円。差は0.1万円
手当がある求人とない求人で、求人票に出ている額はほとんど変わりません。ドライバーにいたっては1,000円差です。ところが、同じ求人の内訳にある基本給を見ると、様子がまったく違います。
- 介護——手当なし19.5万円 に対し 手当あり16.5万円(3.0万円低い)
- ドライバー——手当なし23.0万円 に対し 手当あり17.0万円(6.0万円低い)
そして決定的なのは、手当のない求人の中身です。介護では手当なしの740件が740件すべてで「提示額=基本給」でした。ドライバーでも2,877件中2,874件が完全に同額です。一方で手当のある求人で提示額と基本給が同額だったのは、介護6,500件のうちわずか2件でした。
定額手当そのものの額の中央値は、介護が3.8万円、ドライバーが6.0万円。基本給の低さ(3.0万円・6.0万円)とほぼ一致します。月給の水準は動かないまま、手当のぶんだけ基本給が引き下げられている、という形です。
固定残業代でも、同じ逆転が起きている
これは定額手当に限った話ではありません。固定残業代でも、提示額と基本給で順位が入れ替わります。
- 営業(8,679件・2026年8月27日時点)——提示額は固定残業代あり25.0万円 > なし22.5万円。ところが基本給ではあり20.0万円 < なし21.0万円と逆転します。この逆転は5つの地域ブロックすべてで同じ向きに出ました
- 保育士(1,078件)——提示額はあり23.0万円 > なし20.8万円。基本給ではあり17.7万円 < なし18.0万円で、やはり逆転します
つまり固定残業代のある求人の月給が高く見えるのは、基本給が高いからではなく、残業代を先に含めて見せているからです。固定残業代そのものの書き方については「固定残業代の書き方は、45時間分でも「1行の併記」で変わる」で扱いました。この記事はその手前、そもそも月給欄に何を積むかという段階の話です。
ただし「積まない職種」もある。工場は提示額=基本給が6割
すべての職種でこの書き方が標準というわけではありません。むしろ逆の職種もあります。
工場の製造・加工・組立・検査職(1,224件)では、基本給は提示額の中央値100.0%で、741件(60.5%)が1円単位で完全に同額でした。整備士53%・溶接工56%・電気工事士52%・事務50%も同様に、提示額がそのまま基本給の求人が半数前後を占めます。
逆に手当を積む慣行が強いのは、介護(基本給は提示額の82.6%)・ドライバー(88%)・看護師(86%)・保育士(88%)といった、処遇改善手当や資格手当、走行に連動する手当が制度として存在する職種です。
実務上の意味はこうです。自社の職種で「提示額=基本給」が普通なのか、「提示額の2割が手当」が普通なのかを先に確認しないと、手当を積む判断そのものが的外れになります。工場職で手当を厚く積んでも、比較される相手は素の基本給を出しているので、見え方は同じか、内訳を読まれた瞬間に不利になるだけです。
手当で見せ方を変えると、採用側が失うもの
手当を積む書き方が、それ自体で違法だったり不当だったりするわけではありません。処遇改善加算のように、制度として手当で支給することが前提の仕組みもあります。問題は、採用の打ち手として期待した効果が出ないうえに、別のコストが乗ることです。
ベイジの調査では、転職者が入社前に感じる不安の2位に「希望の収入が維持されるか」37.35%が挙がっています(出典: ベイジ「中途採用における採用サイト利用実態調査(2024年度版)」)。求職者は月給の額面そのものより、その額が入社後も続くのかを気にしています。手当で構成された月給は、この不安に対して最も答えにくい形です。
支援の現場では、次の2つが実際の損失として現れる傾向があります。
- 面接で必ず内訳を聞かれ、そこで初めて説明することになる。求人票で先に開示していれば「そういう制度の職種だ」で終わる話が、面接で明かすと「隠していた」という読まれ方に変わります
- 基本給を基準に計算される項目が連動して下がる。賞与を「基本給の◯ヶ月分」と規定している場合、月給が同じ25万円でも、基本給22万円と基本給15万円では受け取る額が変わります。求職者側でこれに気づく人は増えており、実際に求人票の賞与欄の書き方から逆算されます
求人原稿で、手当を足す前に確認する3点
実務としてやることは3つです。制度の変更は要りません。
- 同職種・同商圏の競合求人を10件、内訳まで読む。公的職業紹介の求人票は基本給(a)・定額的に支払われる手当(b)・固定残業代(c)が分けて書かれているので、自社の職種が「積む職種」か「積まない職種」かはここで判定できます。積まない職種なら、手当の議論はそこで終わりです
- 手当を積んだ場合の提示額を、競合の提示額と並べてみる。実査では手当の有無で提示額が0.1〜0.5万円しか動きませんでした。手当を足しても競合の中央値を超えないなら、その手当は求人票の見え方を変えていません。投じた原資は、別の場所に置いたほうが効きます
- 積むと決めたなら、内訳を求人票の側で先に出す。「月給25万円(基本給20万円+職務手当5万円)」と書き、手当の支給条件(全員一律なのか、資格や役割に紐づくのか)まで添えます。面接で説明する内容を、そのまま求人票に前倒しするだけです
3つ目が効く理由は、比較の土俵を自分で決められるからです。内訳を書いていない競合と並んだとき、内訳を書いている求人だけが「額面の中身がわかる求人」になります。額面で勝てない会社ほど、内訳の開示は相対的に有利な打ち手になります。
なお、ドライバー職のように手当の正体が「走る距離」である職種では、内訳の開示は同時に働き方の開示にもなります。この構造は「トラックドライバーの採用で、月給を額面のまま競合と比べてはいけない」で詳しく扱っています。
まとめ
- 定額手当は月給を上げていない。介護7,735件では手当ありとなしの提示額の差が0.5万円、ドライバー8,033件では0.1万円にとどまった
- 動いているのは基本給のほう。手当ありの基本給は介護で3.0万円、ドライバーで6.0万円低い。手当なしの求人はほぼ全件が「提示額=基本給」だった
- 固定残業代でも同じ逆転が起きる。営業8,679件では提示額25.0万円 > 22.5万円が、基本給では20.0万円 < 21.0万円に入れ替わる
- 職種によって慣行が違う。工場・整備士・溶接工・電気工事士・事務は「提示額=基本給」が半数前後。介護・ドライバー・看護師・保育士は手当を積むのが標準
- 手当を足す前に、競合10件の内訳を読む。積んでも提示額が競合の中央値を超えないなら、その原資は別の場所に置いたほうが効く
- 積むと決めたなら、求人票の側で内訳を先に出す。面接で説明することになる内容を前倒しするだけで、比較の土俵を自社で決められる
※ 数値は株式会社KD3が公的職業紹介の公開求人を実査した求人相場ウォッチ(介護 2026年8月26日/ドライバー 2026年8月25日/営業 2026年8月27日/保育士・工場ほか)にもとづきます。いずれも月給下限の中央値で、賞与・残業代の実支給額は含みません。媒体は公的職業紹介ひとつに固定しているため、民間求人サイトに出ている求人層の相場とは異なります。