求人票を作りはじめて、最初に止まるのはたいてい給与欄です。仕事内容も勤務地も書けるのに、月給のレンジだけが決まりません。そこで「うちの職種の相場はいくらか」を調べにいくのですが、相場を知っても自社の数字は決まりません。相場の中央値を写しても、それが自社で払える額なのか、いま働いている社員との整合が取れるのかは分からないからです。
株式会社KD3は初回の商談のあとに、お客様から給与情報をお預かりして求人票を作ります。そのときに分かったことがあります。「想定年収レンジを教えてください」と聞くと、まず返ってきません。返ってくるのは「相場並みで」「応相談で」で、これでは1行も書けません。
聞き方を変えると、返ってくるものが変わります。「同じ資格・同じ経験年数の方に、実際にお支払いしている年収の目安」——過去形・実績ベースで聞くと、相手は自社の賃金テーブルを見ながら答えます。結果として、社内の等級表がそのまま出てきます。
この記事は、その質問の型と、出てきた等級表を求人票のレンジに落とすまでの手順です。自社で求人票を書く方にとっては、人事や経営に何と聞くかという話になります。
未来形で聞くと意思決定を求めることになる
「想定年収レンジはいくらですか」は、答える側にとってまだ決まっていないことを決めてくれという依頼です。決裁が要りますし、後で「そう言ったじゃないか」と言われる余地もあります。だから安全側の「相場並みで」に逃げます。逃げているのではなく、責任の所在が曖昧な質問だから答えようがない、というのが実際のところです。
一方「同じ資格・経験年数の方に実際に払っている額」は、すでに起きた事実です。記録を見れば答えられますし、答えても新しい約束は発生しません。答えるコストが一気に下がります。
支援の現場では、この型を同じ週に2件の案件で使い、どちらも1往復で等級表が返ってきました。依頼文は3行だけです。
- 御社の事業概要(パンフレット等)
- 採りたい方の仕事内容・必要な資格・経験年数
- 同じ資格・経験の方にお支払いしている年収の目安
前置きに「わかる範囲で結構です」を必ず付けます。全部そろわないと送れない、で止まるのがいちばん多い失敗だからです。実際、1件は「パンフレットは特別なものを製作していません」と一部欠けたまま返ってきましたが、それで十分でした。あわせて「このメールにご返信いただく形で」と返信先を指定します。窓口が分かれると資料が散ります。
返ってきたのは、聞いていないものまで含んだ等級表だった
ある地方の設備系の会社(施工管理職)では、この3行に対して経験年数で6段階に切られた年収テーブルが返ってきました。1〜3年の無資格・補助業務から、独り立ちの層、上位資格を持って複数現場を掛け持ちする層、幹部候補までが段で分かれていて、各段に年収の幅が書かれています。実額は非公開資料としてお預かりしたものなので、ここには載せません。
注目したいのは段の切り方です。切れ目は「経験年数」だけではありませんでした。
- 資格を取得しているか
- 独り立ちしているか(同じ資格でも、一人で現場を回せるかで段が分かれる)
- 複数の現場を掛け持ちできるか
この3つは、そのまま求人票の「必須条件」と「歓迎条件」の材料になります。相場表からは絶対に出てこない情報です。
さらに、聞いていないものまで付いてきました。採用したい職種の優先順位(4職種のうちどれから原稿を作るか)、資格の必須と「あれば良い」の切り分け、携帯貸与や社有車での直行直帰といった福利厚生の実態。給与を実績ベースで聞くと、相手は賃金テーブルを開くので、その周辺の情報が一緒に出てくるということです。
等級表が無い会社には、人物像を3つ置いて埋めてもらう
すべての会社が賃金テーブルを持っているわけではありません。そこで止まらないために、もう一つの型があります。こちらで想定する人物像を3つ書いて渡し、「この人ならいくら」を埋めてもらう方式です。
営業職1名の募集ではこう投げました。
- 25歳の業界出身者
- 30歳の業界未経験・営業経験者
- 32歳の中途入社(標準)
3つの置き方に意味があります。若手×業界内/同年代×業界外×職種内/中途の標準——この3点が埋まると、求人票のレンジを下限・上限・中央のどこに置くかが決まります。手当の内訳も同時に聞いておくと、基本給と手当の切り分けまで一度で片づきます。
ゼロから「いくらにしますか」と聞くのに比べて、答える側の負担がはるかに軽いのがこの型の利点です。空欄を埋めるだけなので、人事が独断で決められる範囲で返せます。
基準は相場の中央値ではなく、狙う層が「いま」もらっている額
ここまでは社内の実額の話でした。もう一方の基準——来てほしい人が現職でいくらもらっているか——も、公的統計から当たりをつけられます。
厚生労働省の雇用動向調査によると、令和7年に転職した人の前職と比べた賃金は、「増加」40.8%/「減少」31.0%/「変わらない」25.5%でした。このうち「1割以上の増加」は28.2%です(出典: 厚生労働省「令和7(2025)年 雇用動向調査結果の概況」)。転職すれば上がるのが当たり前、という水準ではありません。上がる人が多数派ではあるものの、上げ幅は1割に届かない人のほうが多いというのが実勢です。
年齢で見ると差があります。「1割以上の増加」は20〜24歳が44.2%、25〜29歳が34.2%、30〜34歳・35〜39歳が32.8%、40〜44歳が29.9%と、若いほど高く出ます。つまり若手を狙うなら現職比1割増が実勢ラインで、年齢が上がるほどその条件では動きにくくなります。
この2つを合わせると、給与欄の決め方は次の形になります。社内の等級表で「払える段」を確認し、狙う層の現職額に1割を乗せた線と突き合わせて、重なるところにレンジを置く。相場の中央値は、この2本の線がどのあたりにあるかを見るための背景でしかありません。
預かった実額を、そのまま求人票に書かない
運用上の注意が1つあります。実額の等級表は、高い確率で非公開資料として届きます。前述の案件でも「添付資料は非公開につき取扱注意」と明記されていました。受け取ったら、その旨を明示的に返信します(「非公開資料として厳重に管理いたします」の一行で足ります)。
そして求人票に載せるのは相場帯であって、実額テーブルそのものではありません。等級表は「どの段の人を採りにいくか」を決めるための内部資料です。求人票に書くのは、その段に対応するレンジと、そこへ到達する条件です。
なお、そのレンジをどれくらいの幅で書くかは職種によって適正が違います。狭い職種で広く書くと外します(詳しくは求人票の給与の幅は職種で決まっている。狭い職種で広く書くと外す)。また、レンジの下限が相場から離れていると、上限をいくら高く書いても読まれる前に落ちます(福利厚生を盛っても応募は増えない。給与が相場を「足切り」した求人)。
等級表が手元にあると、広告の出し分けまで設計できる
実額の段が分かっていることの効果は、求人票の中だけにとどまりません。先ほどの設備系の案件では、市区町村ごとに広告を出し分け、「その資格とそのご経験なら、このくらいの年収を受け取れます」と伝えるという企画を立てています。
この打ち手は、等級表が手元に無いと設計できません。「経験◯年・◯級保有ならこの帯」と言い切るには、言い切れる根拠が要るからです。給与情報を実績ベースで取りにいくことは、求人票を書くための作業であると同時に、広告の設計の前提にもなっているということです。
逆に言えば、「相場並みで」で求人票を書き始めた会社は、その先の打ち手も相場並みのものしか作れません。止まっているのが給与欄なら、調べにいく先は相場表ではなく自社の給与台帳です。
まとめ
- 「想定年収レンジを教えてください」は、まだ決まっていないことの決裁を求める質問なので返ってこない。返ってくるのは「相場並みで」「応相談で」
- 「同じ資格・同じ経験年数の方に、実際にお支払いしている年収の目安」と実績ベースで聞くと、記録を見れば答えられるので返ってくる。同じ週の2案件とも1往復で等級表が返ってきた
- 依頼文は3行+「わかる範囲で結構です」+返信先の指定。全部そろわないと送れない、で止まるのを防ぐ
- 返ってきた等級表の段の切り方(資格/独り立ち/複数現場の掛け持ち)は、そのまま必須条件と歓迎条件の材料になる。職種の優先順位や福利厚生の実態も一緒に出てくる
- 賃金テーブルが無い会社には人物像を3つ(若手×業界内/同年代×業界外×職種内/中途の標準)置いて埋めてもらう。下限・上限・中央のどこにレンジを置くかが決まる
- もう一方の基準は狙う層の現職額。令和7年の転職入職者は増加40.8%/減少31.0%で、1割以上の増加は28.2%。若手(20〜24歳)は44.2%と高く、若手ほど現職比1割増が実勢ライン
- 預かった実額テーブルは非公開資料として扱い、求人票に書くのは相場帯と到達条件だけにする