求人票のモデル年収は、たいてい両端だけが載っています。「23歳・新卒入社の場合」と「主任クラスの場合」。ところが実際に応募してくるのは、その間にいる経験3〜10年の層です。両端しかない求人票は、いちばん応募してほしい層だけが自分の給与を計算できません。
だから中堅層のモデル年収を1本足しましょう——というのが、これまで株式会社KD3がご案内してきた定石です。実際に「「応募が来ない理由」は推測しない。求人を読んだ求職者に聞く」でもそう書きました。
その後、同じ仕組み(求人を読んだ求職者に本音を返してもらうリクプルボイス)で回答者を10名に増やして再配信したところ、この定石では足りないことが分かりました。同じ求人票の同じ条件に対して、正反対の反応が同時に返ってきたからです。
この記事では、その10名分の回答から見えた「モデル年収を何本並べても埋まらない穴」と、そこから変わった打ち手を扱います。対象はある医療機関の有資格職(交代制のある職種)の求人で、法人名・地域・職種の詳細は伏せています。モデル年収の実額も載せません。
広告は届いていた。止まっていたのは求人票のほうだった
前提として、この求人の広告指標は良好でした。1か月の広告費は約7.3万円、クリック率1.40%・クリック単価59円で、採用サイトの閲覧は730件まで到達しています。それでも応募は0件でした。
広告の管理画面で分かるのはここまでです。表示され、クリックされ、サイトまで来ている。読んだ人がどこで手を止めたかは数字になりません。そこで広告をいったん止め、原因を推測せずに求職者本人に聞く方に切り替えました。
現役の有資格者10名に求人票と採用サイトを読んでもらい、応募するかしないか、その理由を書いてもらった結果、応募をためらう理由が5つに集約されました。
- 夜勤の条件(回数・手当額・体制)が分からない
- 日勤のみで働いた場合の給与が分からない
- 賞与が基本給の何ヶ月分か分からない
- 有給や休暇の実態が分からない
- モデル年収が新人と役職者のみで、中堅層が自分の給与を想像できない
結論はひとつでした。「自分が働ける形がこの職場にあるのか、読んでも判断できない」。求人票に嘘があったわけでも、条件が競合より見劣りしていたわけでもありません。“自分に当てはめる材料”が無かったのが応募0の理由です。
なお5番目の指摘は、3か月前の初回配信(回答2件)でも全数一致で出ていました。同じ求人で2回、別の回答者から同じ穴を指摘されていることになります。
山場は、同じ条件に正反対の答えが返ってきたこと
10名の回答を読み直して、もう1つ分かったことがあります。ここが今回の山場です。
同じ「夜勤月5回」という条件に、正反対の反応が出ていました。
- 稼ぎたい層から見ると、夜勤は収入源です。月5回は「少ない・物足りない」
- 家庭と両立したい層から見ると、月5回は「多い・無理」
私たちは条件を無意識に「良い/悪い」の一次元で評価しています。だから応募が来ないと「条件が弱いのだろう」と考え、数字を動かそうとします。ところが評価が正反対に割れる条件では、上げても下げても失う側が入れ替わるだけで、母集団は増えません。夜勤を月3回に減らせば稼ぎたい層が抜け、月8回に増やせば両立したい層が抜けます。
そして重要なのは、これがモデル年収の問題と地続きだということです。中堅層のモデル年収を1本足しても、その1本が「夜勤あり」前提の数字なら、日勤のみで働きたい人はやはり自分の額を計算できません。足りないのは本数ではなく、型の数です。
実際には8通りの働き方があったのに、求人票は1本だった
この求人を出していた職場には、実は8通りの働き方が存在していました。夜勤あり、日勤のみ、外来、専門部署、訪問、時短、非常勤——実在する選択肢はこれだけあったのに、求人票は1本しかありませんでした。
採用側からすると「働き方は相談可能です」「多様な働き方があります」と書いてあるので、伝えたつもりになっています。ただ求職者の側からは、数字のない選択肢は存在しないのと同じです。日勤のみで働けると書いてあっても、その場合の月収が書かれていなければ、応募の判断はできません。
厚生労働省の雇用動向調査では、女性の転職入職者が前職を辞めた理由のうち、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が12.9%で最多でした(「その他の個人的理由」を除く。令和7年・出典: 厚生労働省「令和7(2025)年 雇用動向調査結果の概況」)。働き方の条件は、辞める理由の筆頭に来る要素です。それを1本の求人票で代表させると、条件そのものより先に「自分の型が無い」ことで落ちます。
選択肢の多さは、この職場の強みでした。書かれていなかったので、強みとして機能していなかっただけです。
書き方の直し方:型の数だけ数字を用意する
10名の指摘から、求人原稿の直し方を5点にまとめました。モデル年収を何本並べるかではなく、選べる型ごとに1本ずつ立てるという考え方です。
- 中堅層のモデル年収を必ず1本入れる。経験3〜5年、5〜10年のように、応募の主戦力が自分を当てはめられる年次で出します
- 選べる型ごとに月収例を分ける。「夜勤あり」「日勤のみ」など、型の数だけ数字が要ります。1本の数字で代表させると、代表されなかった型の人が全員落ちます
- 賞与は「基本給の◯ヶ月分」と分母つきで書く。「賞与年2回」だけでは金額が計算できません
- 交代制の条件は、回数・手当額・体制の3点を数字で書く。回数だけだと、稼ぎたい層にも両立したい層にも判断材料が足りません
- 有給・休暇は制度ではなく取得実績を書く。制度の有無はほぼ全社が書いているので差になりません。同じ構造は「求人票の年間休日は、日数より「閾値をまたぐか」で決まる」でも扱っています
実務上いちばん時間がかかるのは1点目です。中堅層のモデル年収を出すには実在社員の給与を使うので、誰の・どの年次の数字を出すかについて社内の合意が要ります。原稿の着手と同時に依頼しておかないと、原稿だけが先に仕上がって数字待ちになります。
そして、型が5つも6つもある職場では、静的に並べる方式そのものに限界があります。この案件では採用サイト側に「質問に答えると、合う働き方と給与の目安が内訳つきで表示される」仕組みを試作する方向に切り替えました。モデル年収を読者に選ばせるのではなく、読者の条件から引き当てる形にする、という解き方です。ただしこれは給与の内訳データが埋まっていることが前提で、データが無いまま診断だけ作っても概算しか返せません。
この構造が当てはまる職場・当てはまらない職場
最後に適用条件を書いておきます。「正反対の反応が返る」は、多様な働き方が実在する職場でだけ成り立つ話です。
働き方が1通りしかない職場で応募が来ないなら、それは単に条件が競合に負けている可能性が高く、同じ処方は効きません。まず「この職場に何通りの働き方があるか」を数えるところから始めてください。数えて1通りなら、条件そのものを相場と突き合わせる話になります。
割れる条件は職種ごとに違います。交代制のある職種では夜勤の回数、ドライバーなら距離区分と拘束時間、施工管理なら出張と現場の遠さが候補です。ただし先に仮説を置かないほうが精度が出ます。どの条件で割れているかは、回答の原文から拾うほうが確実でした。今回も、事前に「夜勤回数で割れる」と予想していたわけではありません。
なお、読ませる相手は現役の同職種でなければ意味がありません。求人票を読む力がある人に読ませることで初めて穴が出ます。人数は多くなくて構いません。今回は10名、初回は2名で、どちらも同じ指摘が出ました。
まとめ
- 広告指標が良好(クリック率1.40%・クリック単価59円・サイト閲覧730件)でも応募0件になる。止まっていたのは広告ではなく求人票だった
- 現役の有資格者10名が挙げた理由は5つ。うち2つは金額の高低ではなく「自分に当てはめられない」ことだった
- 同じ「夜勤月5回」に、稼ぎたい層は「少ない」、両立したい層は「多い」と正反対の反応。条件を上げても下げても、失う側が入れ替わるだけで母集団は増えない
- だからモデル年収は本数ではなく型の数。選べる働き方の数だけ月収例が要る。実在する8通りの働き方に対し、求人票は1本しかなかった
- 直し方は5点(中堅層のモデル年収/型ごとの月収例/賞与は分母つき/交代制は回数・手当額・体制の3点/休暇は取得実績)。型が多い職場では、静的に並べる方式自体に限界がある
- 前提条件として、この話は多様な働き方が実在する職場でだけ成り立つ。まず自社に何通りの働き方があるかを数える