「定着率向上の取り組み」「定着率 向上 施策」で情報を集めると、出てくるのはたいてい入社後の話です。1on1、メンター制度、オンボーディング、エンゲージメント調査。どれも意味のある施策ですが、これらを積んでも早期離職が止まらない会社があります。
支援の現場で早期離職の理由を聞いていくと、少なくない割合で「入社してみたら、聞いていた条件と違った」に行き着きます。人間関係でも仕事内容でもなく、休みの日数や手当の内訳といった、募集の時点で確定できたはずの話です。定着率向上の取り組みの前半戦は、入社後ではなく募集要項を作る段階にあります。
私たちは幹部・管理部門の採用を支援するとき、要件を決める打合せの前に、必ず人事・給与に関する資料を取り寄せます。その中身は幹部採用に限らず全職種に使えるので、この記事では「入社前に確定させる6項目」として整理します。
求職者は、入社後の制度より先に募集要項を見ている
中途採用における採用サイトの利用実態調査では、転職者が採用サイトで「まず見たい情報」の1位は募集要項で51.1%でした(出典: ベイジ「中途採用における採用サイト利用実態調査(2024年度版)」)。同じ調査で入社前の不安の2位に挙がっているのが「希望の収入が維持されるか」37.35%です(1位は「人間関係がうまくいくか」49.17%)。
つまり求職者は、企業が用意した制度紹介やカルチャー記事より先に条件面を確認し、そこで不安を残したまま応募しています。この不安が解けないまま入社すると、入社後の面談制度がいくらあっても「話が違う」は覆せません。入社前の不安に採用サイト側でどう答えるかは「採用サイトに足りないコンテンツは「不安1位・人間関係」への回答」で扱っています。この記事はその手前、自社が条件を正確に把握できているかの話です。
入社前に確定させる6項目
募集を始める前に、社内で数字が言い切れる状態にしておく項目です。私たちがクライアントに事前提供を依頼しているのは、この6つに対応する資料です。
- 1. 給与規程・賞与規程(就業規則の該当部分の抜粋で構いません)
- 2. 等級・役職ごとの年収レンジ(賃金テーブルがあればそのまま)
- 3. 年間休日カレンダー ── 規定上と実績の両方
- 4. 試用期間の長さと、その期間中の条件(給与・手当・保険の扱いが本採用と違う場合は必ず)
- 5. 残業の扱い(固定残業代の有無・時間数・金額。ある場合は超過分の支給ルールまで)
- 6. 評価と昇給のタイミング、決算賞与の支給実績
このうち1・3・4・5は、求人票に正確に記載する法令上の必要があるため、社内でも「出せない資料」になりにくいという実務上の利点があります。取り寄せの理由を「求人原稿に正確に書くため」と説明すると通りやすく、しかも一度揃えれば以降の職種追加でもそのまま再利用できます。
逆に、この6項目が曖昧なまま募集を始めると、面接で候補者に聞かれた担当者が推測で答えることになります。推測で答えた条件が入社後にズレるのが、いちばん多い早期離職の入口です。
年間休日は「規定上」と「実績」の両方を聞く
6項目のうち、支援の現場でいちばん差が出るのが3番です。年間休日は、規定上の日数と、実際に取得できている日数がずれている企業がかなりあります。
規定上は125日でも、繁忙期の休日出勤が常態化していて実績が110日台という会社は珍しくありません。求人票には規定上の数字を書くので、この乖離は求職者からは見えません。そして入社3ヶ月で気づかれます。
私たちは、この2つが乖離している企業ほど求人票と実態のズレが他の項目でも起きやすい傾向があると見ています。年間休日は数字が1つに定まるぶん、乖離が可視化されやすいだけで、乖離そのものは休日に限らないからです。だから最初のヒアリングで規定上と実績の両方を聞き、差が大きければそこを起点に他の条件も点検します。
乖離が見つかったときの対処は2つしかありません。実績を規定に近づける(運用を直す)か、求人票に実績側の数字と理由を書くか。「規定上の数字だけ書いて黙っておく」は、その場は応募が増えても、定着率という指標では確実にマイナスに返ってきます。求人票側で先に不都合を潰す考え方は「求人票の書き方のコツは、公開前にスマホの「壊れ」を潰すこと」と同じ発想です。
どのタイミングで、どこまで開示するか
6項目を把握したあと、すべてを求人票に書く必要はありません。開示の順番を決めておくと運用しやすくなります。
- 求人票に書く:年間休日(実績と乖離があるなら実績側と理由)、試用期間の長さと期間中の条件、固定残業代の時間数と金額、月給の内訳
- 一次面接で必ず口頭で伝える:評価・昇給のタイミング、賞与の支給実績(見込みではなく実績の幅)
- 内定通知の書面で確定させる:等級と年収レンジ上の位置、初回の昇給機会がいつ来るか
ポイントは、不利な条件ほど早い段階で出すことです。固定残業代や試用期間中の減額は、内定通知で初めて知らされると辞退か早期離職に直結します。求人票の段階で出しておけば、その条件を許容できる人だけが応募してきます。応募数は減りますが、それは減っていい応募です(この考え方の詳細は「「応募数は多いほど良い」は誤解。応募数と決定率の逆相関の話」)。
幹部・管理職ほど、この手順が効く
年収600万円以上のポジションやマネジメント層では、6項目に加えてもう1つ用意すると定着の質が変わります。配属先の事業の収支がわかる資料です。事業別の売上・営業利益、人件費、業種固有の指標(飲食ならFL率、宿泊なら稼働率と平均単価など)。管理会計で使っている資料をそのままの形で構いません。
これを使って何をするかというと、着任後3ヶ月で何を達成してほしいかを、具体的な数字で設計します。幹部採用のオファーを「役割」で語ると、入社後に「思っていた裁量と違う」が起きます。「最初の3ヶ月でこの数字をここまで」と書けていれば、候補者は入社前に自分に可能かどうかを判断できます。判断してから入る人は辞めません。
逆に、配属先の収支が社内で整理されていないために3ヶ月のミッションが書けない、という状況は実際によくあります。その場合は資料が整うのを待たず、整理前のまま受け取ってこちらで読み込むのが正解です。「まとめてから出します」と言われた案件は、そこで止まると考えたほうが実態に合っています。
まとめ
- 定着率向上の取り組みは入社後の施策から考えられがちだが、早期離職の入口は「聞いていた条件と違う」にあることが多い
- 転職者が採用サイトでまず見たい情報の1位は募集要項51.1%、入社前の不安2位は「希望の収入が維持されるか」37.35%
- 募集前に確定させる6項目=給与・賞与規程/等級別の年収レンジ/年間休日(規定上と実績)/試用期間の条件/残業の扱い/評価・昇給のタイミングと賞与実績
- 年間休日は規定上と実績の両方を必ず確認する。乖離している企業は他の条件でも求人票と実態がずれやすい傾向
- 乖離への対処は「運用を直す」か「実績側を理由とともに書く」の2つだけ。黙っておくのは定着率に必ず返ってくる
- 不利な条件ほど早い段階で開示する。応募数は減るが、それは減っていい応募
- 幹部・管理職では配属先事業のP/Lを取り寄せ、着任後3ヶ月の到達目標を数字で書く
入社後の施策を増やす前に、募集要項の6項目を社内で言い切れる状態にする。定着率の話は、そこから始めたほうが早く動きます。