保育士の採用がうまくいかないとき、最初に検討されるのはたいてい給与です。月給を5,000円上げる、1万円上げる。実際に他園の求人を並べて比較した方も多いと思います。
ただ、その比較で「どこも同じような数字だ」と感じたのなら、その感覚は正しいものです。株式会社KD3が実施した求人相場ウォッチで保育士の正社員求人150件(全国34都道府県・2026年7月実査)を集計したところ、保育士の求人票は、これまで実査したどの職種よりも月給の幅が狭いという結果が出ました。
この記事の主張は1つです。保育士採用で月給欄を数千円動かす投資は、この職種では最も効率が悪い。差がつくのは、求人原稿に「園ごとの差」が書かれているかどうかです。実数と限界の開示は「保育士の求人相場ウォッチ」に全文を載せています。
保育士の求人は、月給の「幅」が全職種でいちばん狭い
まず幅の話から。上限と下限の両方が書かれた120件で、上限は下限の中央値1.17倍・幅は中央値3.6万円でした。120件中78件(65%)が幅5万円未満で、3件は上限と下限が同額です。
同じ方法で実査した他職種と並べると、狭さがはっきりします。
- 保育士: 1.17倍・幅3.6万円
- 事務: 1.24倍・幅5.0万円
- 営業: 1.40倍・幅10.0万円
- 自動車整備士: 1.41倍・幅8.9万円
- 施工管理: 1.61倍・幅16.5万円
月給下限そのものの分布も密集しています。主系列126件で第1四分位19.0万円・中央値21.0万円・第3四分位22.5万円。大半の求人が19万円台から22万円台の3万円強のレンジに収まっているということです。
この分布の中で自社の月給を5,000円上げても、求職者の画面上では隣の求人と見分けがつきません。順位はほとんど動かず、人件費だけが恒久的に増えます。
しかも月給の中身は手当。基本給は提示額の87%
もう1つ、保育士の求人票には構造上の特徴があります。月給欄の数字が、ほぼ手当込みの総額だということです。
提示額と内訳の両方が読めた127件で比べると、提示額の中央値20.5万円に対し、その内訳にある基本給は18.0万円。差は中央値2.5万円で、基本給は提示額の中央値87%、最も低い求人では61%でした。提示額と基本給が同額だった求人は127件中10件(8%)しかなく、61%にあたる78件は基本給が提示額の9割を切っています。処遇改善手当・地域手当・資格手当が月給に組み込まれる形が、この職種では標準です。
採用する側から見ると、これは2つのことを意味します。
1つは、月給欄を厚く見せる手段は業界標準として既に全園が使い切っているということ。処遇改善手当を月給に含めて表示するのは特別な工夫ではなく、並んでいる求人のほとんどがそうしています。差別化にはなりません。
もう1つは、その結果として月給欄の情報価値が下がっているということです。求職者側から見ると、目の前の「月給21万円」が基本給21万円なのか基本給18万円+手当3万円なのかが読めない。賞与や退職金が基本給を基準に計算される園では、この違いが年間の受取額を左右します。
地域差ですら、額面と基本給で逆転する
月給欄が実態を映しにくいことを示す、もう1つのデータがあります。地域差です。
提示額で並べると首都圏24.5万円が突出し、2位の関西・東海21.5万円とは信頼区間が重なりません。ところが同じ求人の内訳にある基本給で並べ直すと、関西・東海19.5万円・首都圏19.0万円と順位が入れ替わります(この2つは信頼区間が重なるため、どちらが高いとは言えません)。提示額と基本給の差は首都圏が5.2万円、北海道・東北が1.8万円でした。
首都圏の求人が高く見えるのは、基本給が高いからではなく手当が厚いからです。実査した他職種では、たとえば自動車整備士は基本給で並べ直しても首都圏が最上位のままでした。保育士だけが入れ替わります。
この事実は、地方の園にとって悪い話ではありません。「首都圏の求人には額面で勝てない」という前提は、基本給で見れば必ずしも成り立たないということだからです。ただしそれを求職者に伝える手段は、月給欄以外に用意する必要があります。
求職者が最初に見るのは募集要項。そこで差がつかない
ここに、もう1つの外部データを重ねます。転職者が採用サイトで「まず見たい情報」の1位は募集要項で51.1%でした(出典: ベイジ「中途採用における採用サイト利用実態調査」)。
つまり保育士採用では、求職者が真っ先に見る欄が、最も差のつかない欄だという構図になります。募集要項を開き、月給19万〜22万円という他園とほぼ同じ数字を見て、次にどこを見るか。そこから先に何が書いてあるかで決まります。
同じ調査では、転職者の入社前の不安の1位は人間関係がうまくいくか49.17%でした。保育士の場合、この「人間関係」は職員室の雰囲気だけを指しません。クラス担任の持ち方、配置基準に対する実際の職員数、行事準備を誰がどう分担するか——働き方の設計そのものが人間関係の実態を決めます。そしてこれらは、月給欄には一切現れません。
求人原稿に書くべき「園ごとの差」
実査データが「求人票の月給欄には現れない」と示している要素が、そのまま原稿に書くべき項目になります。支援の現場で優先度が高いと考えているのは次の5つです。
- 月給の内訳を先に開示する: 「月給21万円(基本給18万円+処遇改善手当2万円+地域手当1万円)」と書くだけで、内訳を書かない求人との差が出ます。実査では127件中10件しか提示額と基本給が同額でなかった=ほとんどの園に内訳があるのに、原稿で開示している園は多くありません。先に出すこと自体が誠実さの証明になる数少ない項目です
- 配置基準に対する実際の職員数: 定員何名に対して常勤何名・パート何名か。ここは求職者が最も知りたいのに、求人票からは読み取れません
- 持ち帰り仕事の有無と、なくすための仕組み: 「ありません」だけでは信用されません。書類作成の時間を勤務中のどこに確保しているか、ICTを何に使っているかまで書きます
- 行事の数と準備の分担: 年間行事の実数と、準備を誰がいつやるか。行事の多さ自体は悪ではなく、準備が個人の持ち帰りになっているかどうかが問題です
- 産休育休からの復帰実績と、復帰後の働き方: 制度の有無ではなく、直近3年で何人が取得し何人が復帰したか。保育士は自身が子育て世代に入る職種です
加えて、自治体の家賃補助(借上社宅)制度を使えるなら、これは月給欄に現れないぶん強い訴求になります。首都圏との比較で手元に残る額が逆転することもあります。
それでも月給を動かすなら、下限を動かす
とはいえ、月給を触らないという意味ではありません。動かすなら上限ではなく下限です。
実査した120件で、上限は下限の中央値1.17倍・幅3.6万円。上限を1万円上げても、求人票の表示は「月給20万〜24万円」が「20万〜25万円」に変わるだけで、求職者が自分の入社時の数字として読むのは下限です。応募先を絞る段階で見られているのは下限だと考えるほうが、実態に近いと考えています。
下限を動かす場合の目安は、主系列126件の第1四分位19.0万円と中央値21.0万円です。19.0万円を下回っているなら、まず中央値付近まで引き上げる意味があります。逆に既に21万円台にあるなら、そこから先の数千円は原稿と労働条件の開示に投じたほうが効きます。給与が相場を下回ると何をしても届かなくなる話は「福利厚生を盛っても応募は増えない。給与が相場を「足切り」した求人」に書きました。
なお、固定残業代で月給欄を厚く見せる手はこの職種では推奨できません。実査150件のうち記載があったのは5件(3.3%)だけで、公的職業紹介から採った50件はすべて「固定残業代なし」が明示されていました。並んでいる求人のほぼ全てが固定残業代なしの市場で自社だけが設定すると、その時間数が目立ちます。額まで判明した5件でも想定時間数の中央値は12時間でした。
応募が来ない原因を給与以外に広げて点検したい場合は、「求人を出しても応募が来ない5つの原因と改善策」と併せて読んでください。
まとめ
- 保育士の求人は月給の幅が上限=下限の1.17倍・3.6万円と、実査したどの職種よりも狭い。数千円の上乗せでは順位が動かない
- 月給下限の分布は第1四分位19.0万円・中央値21.0万円・第3四分位22.5万円(実査126件・2026年7月時点)
- 月給の中身は手当込みが標準で、基本給は提示額の中央値87%。厚く見せる手は全園が既に使い切っている
- 地域差は提示額と基本給で逆転する(首都圏1位が、基本給では関西・東海と入れ替わる)。額面で勝てないという前提は必ずしも成り立たない
- 求職者が最初に見るのは募集要項(51.1%)だが、保育士ではそこで差がつかない構造になっている
- 差を作るのは月給欄の外。内訳の開示、配置に対する実職員数、持ち帰りの有無と仕組み、行事の分担、産休育休の復帰実績
- 月給を動かすなら上限ではなく下限。19.0万円を下回るならまず中央値付近まで、既に21万円台なら原稿に投じるほうが効く
- 固定残業代は実査150件中5件のみ。ほぼ全てが設定していない市場では、設定すること自体が目立つ