事務職の採用にかかる費用を抑えたいとき、最初に検討されるのは募集要件です。「未経験可にすると応募が殺到して選考工数が増えるから、経験者に絞る」「一般事務ではなく営業事務として出せば相場が上がる(=安く採れる層とは違う)」。要件を動かせば、集まる人も、かかる費用も変わるはずだという読みです。
リクプル編集部は求人相場ウォッチで、事務(一般事務・営業事務・経理事務ほか/正社員)の求人143件を1件ずつ実査しました。全国30都道府県から、地域と媒体が交ざらないよう5つの地域ブロックすべてで同じ媒体構成を揃えて採取したデータです。そこで最もはっきり出たのは、事務職の求人で金額を動かしていたのは募集要件ではなく「どの媒体に出ているか」だったということでした。媒体別の月給下限の中央値は24.5万円・22.5万円・20.5万円で、その差4万円は地域差と同じかそれ以上、しかも信頼区間が重なりません。
この記事では、事務職の採用単価をどう見積もるか、そして要件をいじっても金額が動かないときにどこを見るべきかを、実査データから整理します。
先に、「採用単価」と「求人票の月給」を混ぜない
定義を揃えておきます。採用単価は1人採用するのにかかった費用を採用人数で割った数字で、広告費だけで見るのか、人材紹介の手数料や社内工数まで含めるのかで額が2倍以上変わります。他社の数字とそのまま比べる意味はほとんどないので、まず自社の中で定義を固定するのが先です(計算の順序は「採用単価は「計算」より先に決める。採用枠×15万円で予算上限を引く」に書きました)。
そのうえで、支援の現場での実感を1つ。職種や地域が違っても、原稿と媒体運用が噛み合った求人の採用単価は1人あたり7〜15万円のレンジに収まる傾向があります。予算設計では、この上端を使って「広告費の上限=採用枠×15万円」という線を引いています。事務職だから割増、という形にはなりません。
今回の実査が測っているのは採用単価そのものではなく、求人票に書かれている月給の下限です。ただ、予算を組むときに実務上いちばん効くのは「自社の求人が、同じ画面に並ぶ求人の中でどう見えるか」であり、その比較を間違えると、必要のない上乗せをしている状態が生まれます。
実査143件:同じ「事務」でも、媒体で4万円動く
月給下限の中央値を媒体別に並べると、次のようになりました。地域と媒体が交絡しないよう、5ブロックすべてで同じ媒体構成を揃えて採取しています。
- 民間の求人サイト①:24.5万円(16件)
- 民間の求人サイト②:22.5万円(18件)
- 公的職業紹介:20.5万円(50件)
上下で4万円の開きがあり、信頼区間も重なりません。一方の地域差は、媒体を1つに固定して比べると首都圏22.5万円・関西東海/甲信越北陸北関東21.0万円・中国四国九州19.5万円・北海道東北18.5万円でした。首都圏と北海道・東北の差(4万円)が地域側で唯一はっきりした差で、中間の3ブロックは信頼区間が重なって順位が確定しません。つまり事務職では、「どこで働くか」と同じくらい、あるいはそれ以上に「どこに出ている求人か」で金額が動いています。
実務への含意は単純です。自社の求人が高いか安いかは、同じ媒体に並んでいる求人とだけ比べて判断してください。別の媒体で見た相場をそのまま持ち込むと、4万円ぶんの下駄を履いた(あるいは履かされた)数字と比べることになります。
もう1点、媒体を選ぶうえで見落とされがちな差があります。月給の内訳(基本給がいくらか)を開示しているかどうかは、媒体によって極端に違いました。内訳を取得できた割合は、公的職業紹介の求人票が50件中40件(80%)だったのに対し、民間の求人サイトは93件中4件(4%)です。金額が高く見える媒体ほど、その額の中身が読めないという構造になっています。
「経験必須」にしても、月給の下限は上がっていない
要件を動かせば相場が動く、という前提も実査データは支持しませんでした。内訳が読める媒体に固定して経験要件別に比べると、順序はこうなります。
- 未経験可:21.5万円(20件)
- 経験はあれば尚可:20.5万円(15件)
- 経験必須:19.5万円(8件)
通説とは逆の順序です。ただし信頼区間はすべて重なるため、「未経験可のほうが高い」と言い切ることはできません。言えるのは、少なくとも経験年数の要求が月給の下限を押し上げる形にはデータが動いていないということです。
あわせて、実査した143件のうち97件(68%)が未経験可でした。中途採用全体に占める未経験者の比率が31.9%(出典: リクルートワークス研究所「中途採用実態調査(2025年度実績、正規社員)」)であることを踏まえると、事務職は市場の中でもかなり未経験側に寄った職種だと読めます。
ここから出てくる打ち手は、「経験者に絞れば単価が下がる」ではありません。要件を絞っても支払う金額の相場は変わらず、応募できる人の数だけが減るという前提で設計することです。応募が減ること自体は悪ではなく、選考リソースが薄い会社ではむしろ正解になります。ただしそれは費用削減の打ち手ではなく、選考設計の打ち手として扱うべきものです(この選び方は「母集団形成は「集める数」でなく「落とし方」から決める」に整理しています)。
事務は、求人票の給与欄で差をつけられない職種
ではなぜ、要件をいじっても金額が動かないのか。事務職の求人票そのものに、動かせる余地が少ないからです。実査からは次の2点が出ています。
1つは月給レンジの狭さです。上下限とも書かれた75件で、上限は下限の中央値1.24倍・幅は5.0万円でした。半数近い37件は幅が5万円未満です。同じ方法で実査した施工管理は1.61倍・16.5万円、営業は1.40倍・10.0万円ですから、事務は上限を高く書いて期待値で惹きつける手が使えない職種だと読めます。
もう1つは手当の薄さです。内訳を確認できた44件のうち48%(21件)は手当が乗っておらず、提示額がそのまま基本給でした。基本給は提示額の中央値98%です。トラックドライバーでは基本給が提示額の84%まで落ちるのに対し、事務は手当を厚く乗せて月給欄を大きく見せる余地がほとんどありません。
職種ごとに「求人票で動かせる幅」が決まっている件は「求人票の給与の幅は職種で決まっている。狭い職種で広く書くと外す」で9職種を横断して整理しました。事務はその中でも狭い側です。だからこそ配分は、金額以外の変数(どの媒体に、どんな職種名で、何を書いて出すか)に移ります。
それでも金額で動かすなら、見るのは固定残業代の時間数
給与欄で差がつかない職種でも、確認しておくべき数字が1つあります。固定残業代です。額まで確認できた38件では、固定残業代の中央値は3.1万円、想定時間数の中央値は20時間でした。ただし30時間以上に設定された求人が10件、40時間以上も4件あります。
事務職は「所定時間内で終わる仕事」と受け取られやすい職種です。そこに40時間分の固定残業代が入っていれば、求職者には「実際は毎月40時間残業する職場なのでは」というシグナルになります。金額を1万円上げる相談より先に、自社の固定残業代の時間数が、任せる仕事の実態と合っているかを確認するほうが費用対効果は高くなります。なお内訳が読める媒体では固定残業代ありが22.0万円・なしが20.5万円で、差はおおむね固定残業代の額に対応していました。月給欄が高い求人は、その分だけ働く前提になっているということです。
「一般事務」「営業事務」という区分で相場を語らない
最後に、募集職種名の話をします。実査では事務の区分(一般事務・営業事務・経理事務など)で相場を語ることはできませんでした。全体をプールすると一般事務が21.5万円で中位に見えますが、これは民間サイトに一般事務の求人が集中していることの反映です。媒体を公的職業紹介に固定して比べ直すと、一般事務は19.0万円で4区分中の最下位に落ちます。この一般事務18件のうち6件が北海道・東北の求人で、区分ごとに勤務地の構成が違うため、区分の差と地域の差が切り分けられていないのです。
もう1点、実査していて無視できなかったのが検索結果の中身です。「事務」で検索すると、受付・秘書・コールセンターなど、事務作業が中心ではない求人が混ざります。実査中には月給60万円の秘書求人も確認しました(区分の境界にあるため集計からは外しています)。求職者側から見れば、自社の求人はそうした求人と同じ画面に並びます。職種名の付け方が、比較される相手を決めているということです(同じ構造は製造業でも起きていました。「製造業の採用課題は「職種名」にある」)。事務職では区分名で相場が上がることはない一方、職種名を実態から離すと、比較される相手だけがずれていきます。
まとめ
- 事務職の求人143件の実査では、月給下限の中央値が媒体別に24.5万円・22.5万円・20.5万円と4万円開き、信頼区間も重ならなかった。地域差(首都圏22.5万円/北海道・東北18.5万円)と同等以上
- 自社の求人が高いか安いかは、同じ媒体に並んでいる求人とだけ比べる。媒体をまたいだ平均は判断材料にならない
- 経験要件で下限は上がっていない(未経験可21.5万円・尚可20.5万円・必須19.5万円/信頼区間はすべて重複)。143件の68%が未経験可で、要件を絞っても減るのは応募数であって費用ではない
- 事務はレンジ幅1.24倍・5.0万円、基本給は提示額の98%。求人票の給与欄で差をつけられない職種なので、配分は媒体・職種名・原稿側に移る
- 金額を触る前に固定残業代の時間数を確認する。実査では中央値20時間だが、30時間以上が10件・40時間以上が4件あった
- 「一般事務」「営業事務」といった区分で相場は語れない(媒体を揃えると一般事務が最下位に落ちる=勤務地構成の交絡)
事務職の採用予算を見直すときは、まず自社の求人が出ている媒体を1つ決めて、その画面に並ぶ求人の下限だけを10件ほど書き出してみてください。要件表を作り直すより、そちらのほうが先に効きます。