求人票の待遇欄にある「昇給あり」。この一行を見て、毎年いくらか給料が上がる会社なのだと読んだ人は多いと思います。一方で「求人 昇給あり 嘘」と検索する人もいます。どちらの感覚も、実はそれほど間違っていません。
私たちリクプル編集部は、ふだんは企業側の採用を支援し、求人票を作る側にいます。この記事では、その立場から「昇給あり」と書ける条件が実際にはどれくらい緩いのかを、公開されている仕様と法令にあたりながら説明します。
結論: 「昇給あり」はチェック項目。金額を書く欄は別にある
先に結論です。多くの求人票で、昇給欄は「制度があるかどうか」と「前年度に実際に上がったかどうか」が別々の質問になっています。そして「昇給あり」と表示されるのは、前者に答えただけでも成立します。
つまり、「昇給制度はある。ただし前年度の実績はない」という求人でも、待遇欄には昇給ありと並びうるということです。嘘を書いているわけではなく、欄の作りがそうなっています。
内幕①: 求人の昇給欄は2段構えになっている
いちばん仕様がはっきり公開されているのがハローワークの求人です。ハローワークインターネットサービスの、企業が求人を入力するページにはこう書かれています。
「昇給制度と昇給の前年度実績の有無を選択してください。前年度実績がある場合、フルタイム求人は1月あたり、パート求人は1時間あたりの金額又は昇給率を入力してください」(ハローワークインターネットサービス「求人情報の入力方法について」)。
読み替えると、求人を出す側がする作業はこの順番です。
- ①昇給制度があるかを選ぶ
- ②前年度に実績があったかを選ぶ
- ②が「あり」のときだけ、③1月あたりの金額、または昇給率を入力する
金額を書くのは③に到達したときだけです。求人票を見る側からすると、③まで書いてある求人と、①だけで止まっている求人が、同じ「昇給あり」という見え方で並ぶことになります。求人サイトの多くはハローワークよりさらに簡素で、待遇欄に「昇給あり」と一言あるだけというケースも珍しくありません。
なお、実績を書いた場合でも約束にはならない点は、厚生労働省自身が求職者向けに明記しています。「『昇給』『賞与』は前年度実績です。採用後の待遇を約束するものではありませんのでご注意ください」(ハローワークインターネットサービス「求人情報の見方」)。
内幕②: 「1月あたり1,000円」は、年1,000円ではない
③まで書かれている求人には、「昇給 1月あたり 1,000円〜3,000円」のような表記が出てきます。この単位でつまずく人がとても多いのですが、これは月給のベースが毎月1,000円ぶん上がるという意味です。年に1,000円ではありません。
月給1,000円のアップは年収では12,000円。小さく見えますが翌年はその上に積み上がるので、5年続けば月5,000円、10年で月1万円のベースになります。逆に言えばこの欄が「1月あたり1,000円」の会社では、5年勤めても月給の伸びは5,000円程度という見積もりが立ちます。求人票の中で、将来の伸びを具体的な数字で見積もれる数少ない欄です。
「1,000円〜3,000円」と幅で書かれている場合は、月給レンジと同じ読み方をしてください。上限は評価が最も高かった人の額なので、期待値は下限寄りが現実的です(この構造は「給与25万〜45万」の求人で提示が下限寄りになりやすい理由で書きました)。
内幕③: 昇給率は「基本給」に掛かる。だから同じ3%でも実額が違う
金額ではなく「昇給率3%」と率で書かれていることもあります。ここで効いてくるのが何に対する3%なのかです。昇給率は多くの場合、月給の額面ではなく基本給を基礎に計算されます。
私たちが職種ごとに求人を実際に集計している求人相場ウォッチ(たとえば介護職の給料相場)では、月給の額面に占める基本給の割合が職種によって大きく違うことが分かっています。中央値で、介護職82.6%(7,735件)、保育士85.5%(7,246件)、看護師86.6%(12,061件)、トラックドライバー88%(8,033件)。一方で溶接工・工場/製造・自動車整備士・電気工事士は、いずれも100%です。
仮に月給20万円の求人が2つ並んでいて、片方は基本給20万円、もう片方は基本給16万円だとします。同じ「昇給率3%」でも、前者は月6,000円、後者は月4,800円。額面が同じでも、昇給の実額は2割違います。だから「昇給率3%」を見たら、まず基本給がいくらなのかを確かめる。順番はこちらが先です(月給欄の内訳については求人票の手当が多い会社ほど基本給は低いで詳しく書いています)。
内幕④: 入社時の書面にも、昇給は書かれないことがある
では、内定後の労働条件通知書を見れば確定するのか。ここにも事情があります。
労働条件の明示を定めた労働基準法施行規則第5条では、賃金の決定・計算・支払の方法とあわせて「昇給に関する事項」が明示すべき事項に挙げられています。ところが、そのうち書面の交付によって明示しなければならない事項からは、昇給に関する事項が明文で除かれています(条文上の表現は「昇給に関する事項を除く」)。賃金の項目のなかで、昇給だけが書面交付の対象から外れているわけです。
実際の取り扱いは個別の事情で変わる法的な論点なので、ここでは断定しません。記載と説明が食い違うといったトラブルがある場合は、労働基準監督署や社会保険労務士・弁護士などの専門家に相談してください。押さえてほしいのは一点だけです。昇給は、黙っていると最後まで数字が出てこないことがある項目。だから自分から聞く必要があります。
選考中に確認する: 昇給の実額を引き出す4つの質問
ここからが実践パートです。いずれも採用側が失礼だと受け取る質問ではありません。むしろ長く働く前提で条件を見ている応募者だと伝わります。聞くタイミングは、給与の話と同じく2次面接以降や条件面談の場が自然です。
- 「昨年度、私と同じくらいの経験の方の昇給は、1月あたりでいくらくらいでしたか」——制度の話ではなく実績を、平均ではなく自分に近い層で聞きます。求人票の③に相当する数字を口頭で埋めてもらう質問です
- 「昇給の計算は、基本給に対してですか、それとも手当を含む月給に対してですか」——率で説明された場合は必ずこれを。答えが「基本給に対して」なら、続けて基本給の額を確認します
- 「評価によって昇給がゼロになる年もありますか。その場合の基準はどこで決まりますか」——「昇給あり」でも全員が毎年上がるとは限りません。ゼロがありうるかを聞くと、制度の実態がいちばん短く分かります
- 「賃金規程や評価制度は、内定後に確認させていただけますか」——最も確実な方法です。閲覧をどう案内されるかで、その会社の労務管理の丁寧さも見えます
そして、この種の質問にその場で答えられない、あるいは「がんばり次第です」で終わる会社には注意してください。昇給が制度として運用されているなら、前年度に誰かがいくら上がったかという事実は必ずどこかに残っています。数字が出てこないのは、制度が曖昧なまま運用されているサインであることが多い——これも求人を作る現場での実感です。
面接を待たずに自分でできることも3つあります。
- 同じ会社の求人をハローワークで探す。ハローワークの求人票は昇給の前年度実績が独立した欄になっています。同じ会社が求人サイトとハローワークの両方に出していれば、金額だけそちらで読めることがあります。相場ウォッチの実査で私たちが実際に使っている方法です
- 昇給欄と賞与欄をセットで見る。どちらも実績が数字で入っている会社は、実績を集計して求人に載せる習慣があります。賞与欄の読み方は賞与「実績4ヶ月」と「規定による」の決定的な違いにまとめました
- 生活設計は入社時の提示額で。昇給は将来の話です。上乗せとして扱うほうが安全です
制度の一行より、働いている人の実感のほうが早い
求人票の昇給欄から読み取れることには限りがあります。「何年目でどれくらいになったか」を本当に知っているのは、そこで働いている人だけです。
リクプルは「入社前から、リアルに分かる。」をコンセプトに、実際に働く人のインタビューと募集要項をセットで掲載しています。数字や働き方のリアルを確かめてから応募したい方は、掲載中のインタビュー記事をご覧ください。
まとめ
- 求人の昇給欄は「制度の有無」と「前年度実績の有無」が別の質問。金額を入力するのは実績ありの場合だけで、制度の有無に答えただけでも「昇給あり」と表示されうる
- 厚生労働省も「『昇給』『賞与』は前年度実績です。採用後の待遇を約束するものではありません」と明記している
- 「1月あたり1,000円」は月給のベースが毎月1,000円上がるという意味。年1,000円ではなく、5年で月5,000円という見積もりが立つ
- 昇給率は基本給に掛かる。月給の額面が同じでも基本給が低ければ昇給の実額は小さくなる(基本給の割合は職種で82.6%〜100%の差)
- 労働基準法施行規則第5条では、書面交付による明示の対象から昇給に関する事項が除かれている。黙っていると数字が出てこない項目なので、自分から聞く
- 聞くべきは「同じ経験の人の昨年度の実額」「基本給に対する率か」「昇給ゼロの年はあるか」「賃金規程を確認できるか」の4点