「営業 採用 難しい」で検索すると、営業職を志望する人が減っていること、若手の離職が早いこと、他社との条件競争が激しいこと——といった説明が並びます。どれも事実ですが、明日から動かせる変数ではありません。
そこで今回は、株式会社KD3の求人相場ウォッチで全国143件の営業求人を実査したデータから、別の理由を1つ挙げます。営業は、求人票の月給欄をいくらでも厚く見せられてしまう職種です。そしてそのせいで、月給を上げても比較の土俵に乗りません。
データは全国29都道府県の営業求人143件(正社員・重複排除後、2026年7月実査)です。集計方法と限界の開示は「営業の求人相場ウォッチ」に載せています。
提示額28.0万円、基本給9.0万円の求人が実在する
実査でいちばん驚いた数字から出します。給与の内訳まで確認できた51件で比べると、提示額(月給下限)の中央値25.0万円に対し、その内訳にある基本給の中央値は21.0万円でした。基本給は提示額の中央値92%です。
問題は分布のほうです。
- 4件に1件は、基本給が提示額の79%以下
- 提示額と基本給の差が4万円以上ある求人が41%(51件中21件)
- 最も乖離した求人は、提示28.0万円に対し基本給9.0万円(32%)
同じ方法で実査した他職種と比べると、この幅の広さは異質です。整備士は基本給が提示額の97%、電気工事士は98%、事務も98%で、そもそも積み上げる手当がありません。営業だけが、月給欄に営業手当・業績給手当・固定残業代を積んで自由に厚く見せられる構造になっています。
実際、内訳を確認できた51件のうち47%(24件)に固定残業代があり、その金額の中央値は4.2万円(4分の1は6.0万円以上)。固定残業代ありの求人の提示額下限は中央値26.0万円、なしは24.0万円でした。つまり提示額の2万円差は、残業代を先に含めて見せているかどうかでかなりの部分が説明できます。
「月給を上げる」が効かない理由
採用担当者の立場に翻訳します。応募が来ないとき、最初に検討されるのはたいてい月給の引き上げです。しかし営業職の場合、求人検索の一覧で自社の1万円の上乗せが意味を持ちません。理由は2つあります。
1つは、隣に並んでいる求人の月給が、同じ1万円を人件費で出しているとは限らないからです。固定残業代を4万円積んだ求人と、基本給で勝負している求人が、検索結果では同じ「月給26万円」として並びます。上乗せの効果が、見せ方の差に埋もれます。
もう1つは、求職者側がその構造を知っていることです。営業職の求人を見慣れた人ほど、提示額をそのまま信用しません。結果として月給欄は足切りされないための必要条件にはなっても、選ばれる理由にはなりにくい。給与が相場を割ると読まれる前に落ちるという話は「福利厚生を盛っても応募は増えない。給与が相場を「足切り」した求人」に書きましたが、営業ではその逆側——相場を超えても差がつかない——が同時に起きています。
経験者要件を足しても、相場は1.5万円しか動かない
もう1つ、採用要件についての実測です。
- 143件のうち110件(77%)が未経験可。営業は「未経験可」が標準の職種
- 未経験可の求人(77件)の月給下限中央値 25.0万円
- 経験必須の求人(15件)の月給下限中央値 26.5万円(信頼区間は重なる)
経験を必須にしても、求人票の下限は1.5万円しか変わらず、しかもその差は確定していません。求人票の月給は、経験の有無ではなく商材や手当の組み方で決まっていると読めます。
ここは採用設計の分岐点です。営業は未経験可が標準であるがゆえに、応募は集まりやすい職種でもあります。ただし応募数と決定率は逆相関します(「「応募数は多いほど良い」は誤解。応募数と決定率の逆相関の話」)。未経験可で母集団を広げる「量×厳選」型で戦うのか、経験者を狙う「少数精鋭」型で戦うのかを先に決めないまま、両方の言葉が1枚の求人票に同居している状態が、営業求人ではとくに起きやすくなっています。
比較の土俵は地域ではなく「商材」にある
実査では、営業の月給がどこで決まっているのかも見えました。
- 商材の差ははっきり出る: 無形商材(人材・広告・IT・保険・金融など)30件の下限中央値27.0万円に対し、有形商材(メーカー・建材・機器・食品など)58件は25.0万円、不動産12件は25.0万円。この差は3つの媒体すべてで同じ向きに出ており、特定の媒体の癖ではありません
- 地域の差ははっきりしない: 媒体を1つに固定して比べると、首都圏26.0万円と北海道・東北24.0万円の差は2.0万円で、信頼区間が重なります。同じ方法で実査した介護職では地域だけで約4万円動いたことを踏まえると、営業の給与は勤務地よりも他の条件で決まっている部分が大きい
自社の水準を決めるときに参考にすべきは、近隣の他職種の求人ではなく、同じ商材・同じ販売先(法人か個人か)の営業求人です。ここを取り違えると、地元の相場に合わせたつもりで、狙っている層の相場から外れます。
打ち手は「内訳を先に開示する」ことになる
月給欄を厚く見せられる職種だからこそ、逆張りが効きます。実査データから導ける打ち手を4つ挙げます。
- 内訳を求人票に書く: 「月給26万円(基本給21万円+営業手当3万円+固定残業代2万円/15時間分)」のように分解して書く。実査では内訳を判別できた割合が媒体によって100%・70%・38%と大きく違いました。多くの求人が書いていないからこそ、書くこと自体が差になります
- 固定残業代の超過分の扱いまで書く: 額と時間数、そして超過分を別途支給することを明記する。営業求人の47%に固定残業代がある以上、ここは求職者が最も警戒している箇所です
- 上限額の根拠を書く: 上下限が書かれた84件では、上限は下限の中央値1.40倍、幅の中央値は10万円ありました。上限に到達するためのインセンティブの支給基準と、実際に到達している社員がいることを書けないと、面接での不信につながります
- 賞与・インセンティブは「実績」で書く: 実査は月給下限のみの集計で、営業で金額が大きく動く賞与とインセンティブの実績額は含んでいません。逆に言えば、求人票の月給欄には現れない部分がそのまま差別化の余地です
そのうえで、月給欄の外で情報量を増やす手段としては、実際に働いている社員が具体的に語る記事が有効です。たとえば医療インフラを支える営業職のインタビューのように、扱う商材・顧客・1日の動き方まで書かれていれば、求職者は月給の数字以外で判断材料を得られます。求職者が採用サイトで最も見たい情報は募集要項(51.1%)ですが、入社前の不安1位は「人間関係がうまくいくか」49.17%で、こちらは求人票のフォーマットに書く欄そのものがありません(出典: ベイジ「中途採用における採用サイト利用実態調査(2024年度版)」)。
まとめ
- 営業の求人票は月給欄を厚く見せられる。内訳を確認できた51件で基本給は提示額の中央値92%、4件に1件は79%以下、最も低い求人は32%(提示28.0万円/基本給9.0万円)
- 内訳が読めた求人の47%に固定残業代があり、額の中央値は4.2万円。提示額の高さは残業代を先に含めているかどうかでかなり説明できる
- だから月給を1万円上げても、検索結果では見せ方の差に埋もれる
- 経験必須にしても求人票の下限は1.5万円しか変わらず、差は確定していない。要件より商材のほうが月給を説明する(無形27.0万円/有形25.0万円)
- 地域差は2万円程度で信頼区間が重なる。比べる相手は近隣の求人ではなく同じ商材の営業求人
- 打ち手は月給の引き上げではなく、内訳・固定残業時間・上限額の根拠・賞与実績を先に開示すること