「固定残業代は何時間分にしておくのが普通ですか」。求人の条件設計をご一緒するとき、必ずと言っていいほど出る質問です。多いのは「45時間分だと引かれると聞いたので、30時間分に下げたほうがいいか」という形の相談です。
検索されている言葉も同じ方向を向いています。執筆時点のサジェストには「固定残業代 何時間まで」「固定残業代 何時間からやばい」「固定残業代 何時間まで ホワイト」が並びます。求職者の側も、時間数を見て会社を判断しようとしているということです。
ただ、この質問には全職種に共通する答えがありません。株式会社KD3の求人相場ウォッチで11職種・求人83,002件を同じ方法で実査したところ、固定残業代の想定時間数の中央値はトラックドライバーの35時間から保育士の10時間まで、3.5倍開いていました。「何時間分が普通か」は、職種を決めないと問いとして成立しません。
この記事では、11職種の分布をそのまま開示したうえで、自社の時間数をどう位置づけるかを整理します。データは各職種の求人相場ウォッチ(正社員・全国・重複排除後、2026年8〜9月実査)で、集計方法と限界の開示は各ページに全文を載せています。
11職種83,002件で、想定時間数の中央値はここまで違う
固定残業代の記載がある求人の、想定時間数の中央値です。カッコ内は、その職種の実査件数のうち固定残業代の記載があった件数と割合です。
- トラックドライバー: 35時間(8,033件中1,565件・19.5%)
- 施工管理: 25時間(7,972件中2,060件・25.8%)
- 営業: 22時間(8,679件中3,147件・36.3%)
- 自動車整備士: 20時間(4,536件中532件・11.7%)
- 電気工事士: 20時間(3,990件中564件・14.1%)
- 工場・製造: 20時間(8,245件中364件・4.4%)
- 溶接工: 20時間(2,949件中106件・3.6%)
- 事務職: 18時間(11,556件中1,528件・13.2%)
- 看護師: 16時間(12,061件中906件・7.5%)
- 介護職: 13時間(7,735件中495件・6.4%)
- 保育士: 10時間(7,246件中891件・12.3%)
11職種の合計は83,002件、うち固定残業代の記載があったのは12,158件(14.6%)です。中央値の上から3つ(ドライバー・施工管理・営業)と下から3つ(看護師・介護・保育士)では、同じ「固定残業代あり」でも意味している時間の量が倍以上違います。
裾の長さも職種で違いました。ドライバーは30時間以上が960件(記載のある求人の64%)、最長は139時間分です。施工管理は45.4%が30時間以上、最長77時間分。対して保育士は40時間以上が9件しかなく最長45時間分、看護師も45時間を超える設定は4件だけでした。上のほうの職種では「30時間分」は珍しくない設定で、下のほうの職種では例外に近い設定です。
同じ「30時間分」が、職種によって中央値以下にも例外にもなる
この分布を採用側の判断に翻訳すると、こうなります。
求人票に「固定残業代30時間分」と書いたとき、トラックドライバーの募集では、その求人は中央値より下です。記載のある求人の64%が30時間以上なので、同業の中では「多いほう」にすら入りません。同じ1行が、保育士の募集では分布のかなり上に来ます。保育士は上位4分の1の境目が15時間分で、30時間分はその倍。40時間以上は891件中9件しかありません。
つまり時間数の多寡は、数字そのものでは決まりません。求職者はその職種の求人を何十件も見比べたうえで自社の1行を読むので、判断は必ず職種の分布の中で行われます。「45時間分は引かれる」という一般論が当たる職種と当たらない職種があるのは、このためです。
支援の現場でも、時間数を下げる相談の前に分布を出すと判断が変わります。下げるべき職種と、下げても何も起きない職種がはっきり分かれるからです。
そもそも「書いてある割合」が10倍違う
もう1つ、時間数より先に見るべき数字があります。固定残業代の記載率そのものが、職種で10倍開いています。
- 高いほう: 営業 36.3%/施工管理 25.8%/トラックドライバー 19.5%
- 低いほう: 溶接工 3.6%/工場・製造 4.4%/介護職 6.4%/看護師 7.5%
営業では3件に1件以上に固定残業代がついているので、求人票に書いてあること自体は目立ちません。ところが溶接工や工場・製造では25件に1件しかありません。この職種で固定残業代を設定すると、時間数が何時間であれ、記載があること自体が同業の中で目立ちます。
これは制度の良し悪しの話ではなく、見え方の話です。求職者が同じ条件で10件並べたとき、9件に書かれていない欄が自社にだけ書かれていれば、そこが比較の焦点になります。記載率の低い職種ほど、時間数を下げるより「なぜその設定なのか」を書き足すことのほうが効きます。
なお実査では、固定残業代のある求人は提示額が高く見えても、同じ求人の基本給で並べ直すと逆転する職種が複数ありました。整備士は提示額24.4万円対20.6万円で差がつくのに基本給はどちらも20.0万円、電気工事士は基本給で あり20.0万円・なし20.4万円と上下が入れ替わります。月給欄の高さの正体が残業代の先出しであることは、職種をまたいで共通していました。手当の側で同じ構造が起きる話は「求人票の手当は月給を上げない。実査1.6万件でわかった基本給の削られ方」に書いています。
全産業の実際の残業は月9.9時間。時間数は「実態」ではなく「設計」
ここで外部の統計と突き合わせます。厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、2026年7月の所定外労働時間は月9.9時間でした(出典: 厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026(令和8)年7月分結果速報」)。調査産業計・事業所規模5人以上の数字です。
一方、今回の実査で固定残業代の時間数の中央値が9.9時間を下回った職種は1つもありません。最も短い保育士の10時間でほぼ同水準、多くの職種はその2倍前後です。求人票に書かれている時間数は、統計上の平均的な残業実態より長い側に置かれています。
これは矛盾ではありません。固定残業代は「毎月これだけ残業する」という予測ではなく、「ここまでは追加精算なしで対応できる」という設計上の上限だからです。会社側はそう理解して設定しています。
問題は、求人票の読み手がその区別をできないことです。支援の現場では、求職者は時間数を上限ではなく前提として読む傾向があります。「45時間まで出る会社」ではなく「45時間は働く会社」として読まれる、ということです。この読まれ方を1行で埋める方法は「固定残業代の書き方は、45時間分でも「1行の併記」で変わる」に整理しています。金額も時間数も変えずに、直近の平均残業時間を併記するだけの打ち手です。
加えて、母集団の薄さもこの判断に効きます。マイナビの定点調査では、正社員で転職活動をしている人は月次で3.5%でした(2026年7月度・出典: マイナビ「2026年7月度 中途採用・転職活動の定点調査」)。30人に1人しか動いていない市場で、条件欄の1行で候補者を落とす余裕はあまりありません。
自社の時間数を決めるときに見る順番
実査データから、判断の順番を整理します。時間数を動かす前に、上から確認してください。
- まず自社の職種の分布を見る。全職種共通の「45時間はNG・30時間ならセーフ」という線は、実査データの上には存在しません。中央値10時間の職種と35時間の職種を同じ物差しで測っている限り、判断は当たりません
- 次に記載率を見る。記載率が3〜7%の職種(溶接工・工場・製造・介護・看護師)では、時間数より「書いてあること」のほうが目立ちます。この場合に効くのは時間数の微調整ではなく、設定理由と実績の開示です
- そのうえで自社の実残業時間と突き合わせる。実績が想定時間数を明確に下回っているなら、併記するだけで見え方が変わります。逆に実績が想定を超えているなら、それは求人票の問題ではなく運用の問題なので、先にそちらを直します
- 時間数を下げるなら、基本給が動くかを確認する。実査では、固定残業代のある求人の提示額の高さは、そのぶん基本給が低いことと表裏でした。時間数だけを下げて提示額を維持すると、基本給を上げることになります。人件費の話として社内で扱ってください
職種ごとの分布の全文(金額の中央値、四分位、最長値、地域別の差)は、各職種の求人相場ウォッチに掲載しています。実査件数と集計方法もそこに全文を開示しています(例: 電気工事士/トラックドライバー/保育士)。
まとめ
- 11職種83,002件の実査で、固定残業代の想定時間数の中央値はトラックドライバー35時間から保育士10時間まで3.5倍開いた。「何時間分が普通か」に全職種共通の答えはない
- 同じ「30時間分」が、ドライバーでは中央値より下(記載のある求人の64%が30時間以上)、保育士では上位4分の1の境目(15時間分)の倍にあたる。保育士で40時間以上は891件中9件しかない
- 記載率も職種で10倍違う(営業36.3%〜溶接工3.6%)。記載率の低い職種では、時間数より「書いてあること自体」が目立つ
- 全産業の所定外労働時間は月9.9時間(2026年7月)。求人票の時間数はどの職種でもそれ以上で、実態の予測ではなく設計上の上限として置かれている。ただし求職者には上限ではなく前提として読まれる
- 判断の順番は、職種の分布 → 記載率 → 自社の実残業 → 基本給への影響。この順で見ると、下げるべき職種と下げても何も起きない職種が分かれる