求人原稿で経験要件をどう書くかは、毎回もめるところです。「未経験可にすると応募の質が落ちる」「かといって経験必須にすると母集団が細る」——その折衷案として、多くの求人が「経験者優遇」「経験があれば尚可」という書き方に落ち着きます。経験者には響かせつつ、未経験者も排除しない。書き手としては、いちばん角が立たない選択肢です。
ところが、実際の求人票を大量に読んで月給と突き合わせると、この書き方は金額の面ではほとんど何もしていません。株式会社KD3が公開している求人相場ウォッチで、10職種50,474件の求人票を経験要件で分けたところ、求職者が最初に目にする月給の下限が動いていたのは「経験必須」と書いた求人だけでした。「あれば尚可」は、相場の上では「不問」とほぼ同じ位置にあります。
この記事では、その実査結果と、それでも「経験者優遇」を書くなら原稿のどこに置くべきかを整理します。数字はすべて月給下限の中央値です。
実査50,474件:月給の下限が動くのは「必須」と書いたときだけ
まず、経験を「必須」にしている求人と「不問」の求人を、職種ごとに並べます。求人票の「必要な経験等」欄の記載だけで機械的に分類したものです。
- 電気工事士(644件)——必須25.0万円/不問21.0万円(+4.0万円)
- 施工管理(7,972件)——必須28.0万円/不問24.3万円(+3.7万円)
- 溶接工(2,848件)——必須22.8万円/不問20.0万円(+2.8万円)
- 整備士(705件)——必須22.6万円/不問20.4万円(+2.2万円)
- 工場の製造・加工・組立・検査(1,224件)——必須22.1万円/不問20.0万円(+2.1万円)
- 営業(8,679件)——必須25.0万円/不問23.1万円(+1.9万円)
- 介護(7,735件)——必須21.7万円/不問20.0万円(+1.7万円)
- トラックドライバー(8,033件)——必須25.0万円/不問24.0万円(+1.0万円)
- 事務(11,556件)——必須20.8万円/不問20.0万円(+0.8万円)
- 保育士(1,078件)——必須20.8万円/不問21.1万円(−0.3万円)
10職種のうち9職種で、経験を必須にしている求人のほうが月給の下限が高く出ています。ただし効きの大きさは職種でまるで違います。資格と実務が積み上がる電気工事士・施工管理・溶接工では3〜4万円動くのに対し、事務では0.8万円、保育士にいたっては経験必須のほうが低い水準でした。
「経験者を求めるなら月給も上げなければならない」は、職種によっては成り立ちません。保育士については「保育士の採用単価は、月給欄の厚みでは動かない。求人1,078件の実査」で詳しく扱いました。
「あれば尚可」は、相場の上では「不問」とほぼ同じ位置にある
問題はここからです。同じ10職種を、今度は「経験があれば尚可」と「経験不問」で比べます。公的職業紹介の求人票では「あれば尚可」、民間の求人広告では「経験者優遇」「経験者歓迎」と書かれることが多い、あの欄です(表記は媒体で変わりますが、経験を要件にはしないという位置づけは同じものとして扱っています)。
- 溶接工——尚可21.0万円/不問20.0万円(+1.0万円)
- 施工管理——尚可25.0万円/不問24.3万円(+0.7万円)
- 整備士——尚可21.0万円/不問20.4万円(+0.6万円)
- 営業——尚可23.3万円/不問23.1万円(+0.2万円)
- 工場——尚可20.2万円/不問20.0万円(+0.2万円)
- 介護・トラックドライバー・事務——いずれも尚可と不問が同額(介護20.0万円/ドライバー24.0万円/事務20.0万円)
- 電気工事士——尚可20.5万円/不問21.0万円(−0.5万円)
- 保育士——尚可20.6万円/不問21.1万円(−0.5万円)
最大でも1.0万円、10職種のうち3職種が同額、2職種は不問より低い。「必須」で3〜4万円動いた電気工事士でさえ、「あれば尚可」では不問を0.5万円下回ります。金額の面では、「経験者優遇」の求人は「未経験可」の求人と同じ棚に並んでいる、と考えたほうが実態に近いということです。
事務では、内訳にある基本給まで見るとこの傾向がさらにはっきりします。基本給の中央値は経験必須19.4万円・経験不問19.0万円に対して、「あれば尚可」は18.5万円で3区分の最下位でした。見出しの月給が同額で、中身は少し薄い。「経験者優遇」を経験者向けの上乗せと読むと、この差を取りこぼします。
撤回:事務は「経験要件では動かない」と書いていました
ひとつ訂正があります。2026年8月13日の「事務職の採用単価は、募集要件でなく「どこに出すか」で決まる」で、当時の実査(365件)にもとづき「経験必須にしても、月給の下限は上がっていない」と書きました。今回、標本を32倍の11,556件に増やして引き直したところ、この結論は再現しませんでした。撤回します。
提示額で経験必須20.8万円に対し不問・尚可はともに20.0万円、基本給では必須19.4万円・不問19.0万円で、必須と「あれば尚可」の信頼区間は重なりません。首都圏だけに絞っても必須23.0万円対不問22.0万円で差が残るため、地域構成が作った見かけの差でもありませんでした。ただし事務のなかでも区分によって効き方は大きく割れます(この点は「医療事務の採用が難しいのは、業界ではなく「職種」で相場が下がるから」で扱いました)。
ただし上限額は動いている。「尚可」はレンジの伸びとして書かれている
では「経験者優遇」は無意味かというと、そうではありません。月給レンジの上限額で見ると、「あれば尚可」は「不問」をはっきり上回ります。
- 営業——上限額は尚可33.4万円/不問30.0万円(+3.4万円)。下限では+0.2万円しか違わなかった2区分です
- 工場——上限額は尚可28.1万円/不問25.0万円(+3.1万円)。下限の差は+0.2万円
- 溶接工——上限額は尚可30.0万円/不問28.0万円(+2.0万円)。下限の差は+1.0万円
つまり「経験者優遇」は、入口の額ではなく、レンジがどこまで伸びるかとして書かれているということです。未経験でも採るが、経験があれば上のほうから出す——その運用を求人票に落とすと、下限は動かず上限だけが伸びる形になります。
ここに、原稿としての落とし穴があります。求人検索の一覧に並ぶのは月給の下限であることが多く、「経験者優遇」で伸ばした上限は、求職者が一覧を眺めている段階では見えていません。
求人原稿では、経験要件を「金額の根拠」に変換して書く
原稿の手つきに落とすと、やることは1つです。「経験者優遇」という4文字を、金額と対応づけた記述に置き換えること。次の3つの形のどれかに書き換えます。いずれも新しい原資は要りません。すでにレンジの上限として持っているものを、見える場所に出すだけです。
- 年数と金額を対応させる。「経験者優遇」ではなく「実務経験3年以上の方は月給◯◯万円から」。上限の額を、条件つきの下限として書き直す形です
- 優遇の中身を手当の名前で書く。資格手当・技能手当として支給しているなら、その名前と額を出します。手当と基本給の関係は「求人票の手当は月給を上げない。実査1.6万件でわかった基本給の削られ方」で扱ったとおり、内訳を先に出すほうが比較で有利になります
- 優遇しないなら、書かない。金額が不問と同じなら「経験者優遇」は情報量ゼロの4文字です。その行を、仕事内容や配属先の具体に使ったほうが効きます
要件を「必須」に振り切る判断についても触れておきます。リクルートワークス研究所の中途採用実態調査(2025年度実績、正規社員)によれば、中途採用に占める未経験者の比率は31.9%で拡大傾向にあります。経験必須にすれば月給の下限は上がりますが、それは同時に、いま増えている層を要件で落とす選択でもあります。
まとめ
- 月給の下限が動くのは「経験必須」と書いたときだけ。10職種50,474件のうち9職種で必須が不問を上回ったが、幅は電気工事士+4.0万円から事務+0.8万円までと開きが大きく、保育士では逆転していた
- 「あれば尚可(経験者優遇)」は不問とほぼ同じ位置。最大でも+1.0万円、3職種は同額、電気工事士と保育士では不問より0.5万円低い
- 事務では基本給で最下位。必須19.4万円・不問19.0万円に対し「あれば尚可」18.5万円。見出しの月給が同じでも中身は薄い
- 2026年8月13日の記事の「事務は経験要件では月給が上がらない」は撤回。標本を365件から11,556件に増やすと、必須と不問の差が残った
- 効いているのは上限額のほう。営業+3.4万円・工場+3.1万円・溶接工+2.0万円。「経験者優遇」は入口の額ではなくレンジの伸びとして書かれている
- 原稿では、4文字を金額の根拠に置き換える。「実務経験3年以上は月給◯◯万円から」と条件つきの下限で書くか、手当の名前と額で書く。どちらもできないなら、その行は別の情報に使う
※ 数値は株式会社KD3が公的職業紹介の公開求人を実査した求人相場ウォッチにもとづきます(事務 2026年8月29日/施工管理 8月28日/営業 8月27日/介護 8月26日/ドライバー 8月25日/溶接工 8月24日ほか)。いずれも月給下限の中央値で、賞与・残業代の実支給額は含みません。経験要件は求人票の「必要な経験等」欄の記載だけで機械的に判定しており、仕事内容欄に「未経験歓迎」と書かれていても、この欄に記載があれば経験を求める側に分類しています。媒体は公的職業紹介ひとつに固定しているため、民間求人サイトに出ている求人層の相場とは異なります。